風媒
本文約9,400字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
父を亡くし孤独に暮らす二十九歳の早苗は、自身の生活に新しい光を求め、養子を迎えようと産院を巡る。山科に住む笹原雄三の子供を譲り受ける機会を得た早苗は、子供を思い通りに育てようと空想を膨らませるが、面会した雄三からその独りよがりな考えと閉ざされた心境を鋭く指摘される。自身の内面にある女性としての本能と、孤独な城壁に囲まれていた生活の変容を通じ、早苗が抱く人間関係への執着と困惑を描く。
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一
早苗はまるでデパートで買物でもするひとのやうに産院をまはつては、赤ん坊を貰ひに歩いてゐた。色が白くて、血統がよくて、器量のいゝ、そして健康な女の子をほしいと思つてゐた。
今日も、ごう/\と寒い風の吹くなかをバスにゆられながら、早苗は三條までやつて來て、疏水の近くにある梅園産院と云ふのへ寄つてみた。底冷えのする寒い路地の中を小走りに歩きながら、早苗はいろ/\な胸算用をしてゐるのである。
産院は格子のはまつた暗い家で、陰氣臭いかまへであつたが、格子を開けると、右手の廊下の向うには、思ひがけない小ざつぱりした茶庭があつた。背の高い小笹に白い手拭がさげてあつて、くつきりと清潔さうで、いままでに見たどの産院よりも豐かな感じである。早苗は、何となくよい子供がさづかりさうな、そんなふくふくした、氣持ちになるのであつた。
案内を乞ふと、前だれがけの日本髮の娘が出て來て、今まで水仕事をしてゐたのか、赤く濡れた手を敷居ぎはへついて「おこしやす」と云つた。
「あのう、昨日、新聞でみまして上りましたのどすけど……」
早苗はシールの肩掛をはづして笑顏でたづねた。娘は片笑窪をみせて一寸おじぎをするとそのまゝ奧へ引つこんで行つてしまつたけれども、暫くして出て來ると前よりも丁寧に膝をついた。
「どうぞお上りやして……」
早苗はさう云はれると吻つとした氣持ちで、土間の片隅にきちんと下駄をそろへてぬぎ、廣い敷臺の上へ上つた。
通された部屋は庭向きの六疊間で、狹い床の間には如意と書いた古い軸がさがつてゐた。
天井が低くて、廂が深く突き出てゐるせゐか部屋の中が暗かつた。小さい庭の景色は、まるで繪をみてゐるやうに明るくて、何となく落ちついた感じである。庭の向うには、新しい矢來垣がめぐらしてあり、その向うは隣家の勝手にでもなつてゐるのか、水をつかふ音がしきりにしてゐた。
暫く呆んやりして庭の景色を眺めてゐると、さつきの娘が茶を運んで來て、すぐその後から、背のひくい丸々と肥えた中年の女が賑やかに兩袖をぱた/\させて這入つて來た。