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TORENDIA

夏

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

夏という季節に湧き上がる旅愁と、過去の記憶にまつわる感慨を綴る。兵庫県の師範学校で過ごした思い出や、井戸水を汲む日常の風景を回想しつつ、毎年繰り返される夏への執着を描く。かつて少年時代を過ごした豊前長州の埃っぽい土手道や、酒にまつわる情景、そして旅先で抱く複雑な心理状態を叙述する。旅と夏が不可分であると捉え、記憶の中の風景と現実の旅路が交錯する中で、移ろいゆく夏の心象風景を書き留める。

中原中也

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🎧 夏 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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私が貧乏で、旅行としいへば殆んど夏にしかしないからかも知れない、………夏と聞くと旅愁が湧いて来て、却々「夏は四季のうち、自然の最も旺んなる時なり」どころではない、なんだか哀れにも懐しいといつた風で、扨この夏はどうしようかなと思ふと、忽ちに嘗て旅した何処かの、暑い暑い風景が浮んで来て、おもへば遠く来つるかなと、そいつた気持に胸はふくらむで来るのである。

ゆらりゆらりと、柳が揺れてゐる、時々校庭を通り過ぎるのは小使か何かで、とまれ生徒ではない。剣道場の入口から、時々水を飲みに、剣道用の繻絆姿で現れるのは生徒だが、それは選手だから暑中休暇も帰省しないで道場にゐるといふわけである。繻絆の前をハダけて、靴をツツかけて水を飲みにゆく。そして、なんのことはない、私の顔を見ると人懐つこさうに勇ましがつてゐる。校庭は幾分赤味の勝つた砂の色で、閉ざされた教室々々の窓の硝子は雲母のやうに照れ返つてゐる。――これは嘗て旅行の途立寄つた兵庫県は御影師範の記憶である。私の中学の時の修身の先生が、今でもその師範の倫理の先生をしてゐて、其処の、学校の役宅にゐる。先生には今以て子供が出来ず、先生は夏はアツパツパーを着て読書をしたり午睡をしたりしてをられる。奥さんは、退屈さうだ。だが夕方が来ると、先生ははだしになつて家のまはりや庭に水を撒かれる、奥さんはかひがひしく夕餉の仕度をされる。私も水撒きの手伝ひをする。井戸からつるべで水汲むのだが、冷してある水瓜にあたらないやうに、つるべ槽を下ろさなければならない。暫時水瓜を上げておいてからすればいいのだけれど、先生は今日のみならず、何時でも水瓜を冷やしてある時は、冷やしたまんまで水を汲まれるのが常らしいから、一寸それを変更してはならないものの如くである。

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