北のはての地に
本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
雪降る夜の静寂が人を孤独へと引き入れる北海道の地で、著者は南の国への望郷の念と、北の過酷な自然に対峙する人間の在り方を考察する。本州とは異なる清澄で冷酷な北緯四十度圏の自然環境において、人は自然と一体ではなく対立し、真剣な思索を強いられる。本書は、その過酷な地盤がもたらす新たな精神の生長や、これまでの日本の文化とは異なる新しい実存や思惟、神秘性を備えた芸術がこの地から生まれる可能性を論じる。
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雪がふると巷の音がしずかになる。わたくしはそれが好きだ。ことに夜がいい。窓硝子にしずかにとまろうとする粉雪が電灯の光にきらきらときらめいて煖炉だけがかすかに唄っている。お茶など飲みながら、がたくり椅子に凭れかかって、煤けきった天井を眺めていると、いつの間にか夜は更けてしまう。そんなときは心がしずまって、かえがたく好きである。遠くもない駅を出てゆくらしい汽車の汽笛が、なんのこだまもなしに遠い遠い感じで消えいそぐと、あとはあんまり洞ろで、人の心を内がわ深いところで孤独のはてに引きいれる。
北海道の冬にはなにか流刑地を思わせる強い力がある。平素はまぎれているから気がつかないのだが、静かさの支配する暗さの中で、遠い望郷の念が動きはじめる。言ってみればそれは激しい光線の反射しあう南の国への憧れである。超現実の光と線とのあやなす、それゆえ深く官能的な絢爛無比な幻耀世界へのいざないである。それがあまりに強いのでじぶんが縛された人間であることを思う。いわばあまりに光線が少なく、あまりに薄明の支配する、清く澄みきった静謐の周囲にたえられなくなるのである。
時にわたくしはうすく汚く濁った、人の気で蒸れるような場所をひどくもとめる。じめじめとして陰翳の深い、ものの臭いのたなびく場所をひどくもとめる。人恋しいのである。札幌の街は乾いている。陰翳はきわめて少なく、ひどく明るい。その明るさは清く澄んでいて、人気からは遠い。
雲が厚い壁をつくって、くらい翳をやどしながら、銀に輝く綿毛のささべりを持って流れてゆく間から、のぞいた青空の明るく澄んだ色は、東京や大阪や九州やには見ることのできないものである。清く杳かで、人間の気を全く感じさせない。それはすぐ神秘に通じ、人を限りなく孤独にする。清潔であるが真空のように冷酷である。なにか、宇宙自体をじかにのぞかせるような気がする。