本文へ移動
TORENDIA

再びこの人を見よ

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

梶井基次郎の逝去に際し、その作家としての軌跡と精神を追悼する一文。病苦と死に向き合いながら、生涯を通じて眼の輝きを失わず、常に美の形態を捉え続けた精神の強靭さを論じる。感性的かつ意欲的な創作姿勢がもたらした完璧な作品群を、自然的で古典的な写実の極致として讃える。故人への敬意とともに、その遺産と向き合う自らの心情を綴り、作家の生と死、そして芸術の真髄について深い考察を展開する。

菱山修三

速度
🎧 再びこの人を見よ / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

梶井基次郎氏が死んだ。――氏の生の論理もたうとう往きつく処まで往きついた。それはもはや何ものも語らない。在るものは寂寞ばかりだ。まことに死は現実の極点であらう。氏は最後のその死を死んだ。そこからはもはや何にも始まらない。唯現在、何かが始まるとすれば、――それはまさしく私の入り込んでゐる薄暗い、冷やかな、しづかな世界以外の処ではないであらう。

……始めにはよく歩いてゐた、驀地に歩いてゐるなと思つてゐると、屡々立ち停つたり振り顧つたりして、それでもよく歩いてゐた。その内に坐らなければならなくなり、それから全く寝ついて了つた。それにも拘はらず、氏の「眼」はその生涯をとほして変りなく輝いてゐた。即ち氏はその克己の、その超己の生涯をとほして立派に歩き続けたのである、第一流の作家が恒にさうであるやうに。しかも、死と病苦とを鷲掴みにしながら、敢てこれに戯れながら。氏の作家的業苦は恰も大樹のやうに氏を成長せしめる以外のものではなかつた。けれどもこの大樹は次第に枝先から、やがてその全体が一遍に枯れて了つた。氏の死面の上には、おそらく原始人のそれのやうに深い苦悩と共に、それにもまして大きな安堵が休んでゐたことであらう。

同じジャンルの朗読つきの本