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TORENDIA

曇天

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

十一月の曇天の根岸を歩く主人公は、長年恋していた相手と結ばれた友人の家庭を訪問した際、かつての情熱を失い世俗に染まった友人の姿に深い悲愁と絶望を覚える。その後、上野の森から不忍池の敗荷を眺め、変化した明治の風景に違和感を抱きつつ、現代的な生活への嫌悪と衰退美への愛着を綴る。秋の日の公園で自身の孤独を省み、過ぎ去った青春の幻影と現実の乖離に直面する心情を描く。

永井荷風

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🎧 曇天 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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衰残、憔悴、零落、失敗。これほど味い深く、自分の心を打つものはない。暴風に吹きおとされた泥の上の花びらは、朝日の光に咲きかける蕾の色よりも、どれほど美しく見えるであろう。捨てられた時、別れた後、自分は初めて恋の味いを知った。平家物語は日本に二ツと見られぬ不朽のエポッペエである。もしそれ、光栄ある、ナポレオンの帝政が、今日までもつづいていたならば、自分はかくまで烈しく、フランスを愛し得たであろうか。壮麗なるコンコルトの眺めよ。そは戦敗の黒幕に蔽われ、手向の花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層偉大に、一層幽婉になったではないか。凱旋門をばあれほど高く、あれほど大きく、打仰ごうとするには、ぜひともその下で、乱入した独逸人が、シュッベルトの進行曲を奏したという、屈辱の歴史を思返す必要がある。後世のギリシヤ人は太古祖先の繁栄を一層強く引立たせる目的で、わざわざ土耳古人に虐げられていたのではあるまいか、自分は日本よりも支那を愛する。暗鬱悲惨なるが故にロシヤを敬う。イギリス人を憎む。エジプト人をゆかしく思う。官立の大学を卒業し、文官試験に合格し、局長や知事になった友達は自分の訪ねようとする人ではない。華族女学校を卒業して親の手から夫の手に移され、児を産んで愛国婦人会の名誉会員になっている女は、自分の振向こうとする人ではない。自分は汚名を世に謳われた不義の娘と腕を組みたい。嫌われたあげくに無理心中して、生残った男と酒が飲みたい。晴れた春の日の、日比谷公園に行くなかれ。雨の降る日に泥濘の本所を散歩しよう。鳥うたい草薫る春や夏が、田園に何の趣きを添えようか。曇った秋の小径の夕暮に、踏みしく落葉の音をきいて、はじめて遠く、都市を離れた心になる……

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