TRENDIA CLASSIC

美しい家

横光利一

1 / 3

ある日、私は妻と二人で郊外へ家を見付けに出て行つた。同じ見付けるからには、まだ一度も行つたことのない方面が良いといふ相談になつた。

私達はその日一日歩き廻つた。夕方には、自分達の歩いてゐる所は一体どこなのだらうと思ふほどもう三半器官が[#「三半器官が」はママ]疲れてゐた。

草に蔽はれた丘の坂が交錯し合つて穏かな幕のやうに流れてゐた。人家はばう/\とした草のために見えなかつた。

「おい、こゝはどこだらう。」と私は妻にいつた。

「私もこんな所知らないわ。」

「おれはもう、へとへとだ。」

「私もよ。私、もう歩くのがいやになつた。」

「ぢや、こゝで休まうか。陽が暮たつて、いゝぢやないか。」

「さうね、暮たつて別にかまはないわね。」

「休まう。」

私は草の中へ腰を降ろすと煙草を取り出した。妻も私の横へ座つて落ちついたらしく、暮て行く空の色を眺めてゐた。――

(こゝで、私と妻とが同じやうに疲れたといふことが、私達一家の間に、大きな悲劇をもたらした原因であつた。)――

しかし、私はたゞ何も知らずに煙草を吹かせてぼんやりとしてゐただけである。このぼんやりとしたゆるんだ心理の続いてゐる空虚な時間に、黙々として私達の運命を動かせてゐた何物かがあつた。それは一体何物であつたのか。私はふと、私のぼんやりしたその空虚な心のなかから、急に、かうしてゐてもはじまらない、今日中に家を見つけなければ、と思ふあわたゞしい気持ちが、泡のやうにぽつかりと浮き上つて来た。

「おい、もう一度家を捜さう。疲れついでだ。今日中に捜してしまつて、それからゆつくり落ちつかうぢやないか。」

「ええ、さうしませう。」と妻はいつた。

疲れてはいけない。疲れると判断力がなくなるものだ。私達は疲れた心でまた家を捜しに出かけていつた。

ある草に包まれた丘の上に、私達は一軒の家を見つけ出した。

「あの家は貸家かな。戸が閉つてゐるね。あれは貸家だよ。」

私と妻とはいきなりその家の周囲をぐる/\廻つた。

「こゝはいゝね。高いし、庭は広いし、花はあるし、朝起きても日にあたれるし。」

私の言葉の速度が疲れた妻の心を動かした。

「ええ、いいわね、ここにしませうか。」

横光利一の他の作品