冬彦抄
本文約560字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
感覚や象徴といった既成の教養を否定し、生活と芸術の相克の中で自らの詩を構築しようとした畏友・冬彦の苦闘を描く。神との闘争や信仰の解体という過程を経て、未踏の境地である「戦争」へと馳け登るその精神的軌跡を辿る。高貴な表現の底辺にある厳格な詩の世界観や、氷山のごとき奇峭な詩作の歴史を記すとともに、その不可解な全容を呆然と眺める視点を通し、芸術的探求の極致を綴る論考である。
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畏友、冬彦は詩の生活に於て何を喜んで来たのであらうか。彼は凡庸な詩人のやうに、感覚を愛した。象徴を愛した。歌を愛した。しかし、それは彼の教養のしからしめた所である。もし、彼が非凡な神の鞭を感じ得るものであるならば、――さうして、彼は感じた。確に、彼は彼の教養によつて知り得られた詩を否定した。そこから、彼の詩は始り出した。生活の呼吸が、詩形の振幅を拡張した。構成が始つた。生活の模倣から、生活をして、芸術を模倣せしめた。即ち芸術に位置を与へた彼は、新しくリズムの反逆と苦闘しなければならなかつた。難解な峡谷に身悶えた帆船――自滅はこのとき行はれるであらう――神はそのとき現れるであらう。――私は何を書いたのであらうか。即ち、畏友、冬彦の歴史である。さて、彼の詩は彼の不吉な神を解体し始めた。神との闘争が現れた。偶像を破壊する偶像の浮沈、仮説の信仰、さうして、その彼方への肉迫と退却、無と有との間隔の計量、及びその一つを残した他の一切の高さからの墜落による高さ――かくして、畏友冬彦は「戦争」へと馳け登つた。その何人も未だ夢想だにしなかつた厳格な睥睨、その氷山のごとき奇峭な体格、その摂理ある皺襞の投影。われわれは、もし此の高貴な「戦争」の底辺を知らんと願ふなら、ただ呆然として彼の立方を眺めるに如かないであらう。
完