TRENDIA CLASSIC

映画界・小言幸兵衛

小津安二郎

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阿呆が監督しても客は来る

蟻を見るたびに感心する。よくも精を出して働くもので、一匹ぐらい石ころの蔭で昼寝をしていてもよさそうなものだが、とんと見当らない。そこにゆくと、人間は有難い。程々に生きることも勝手だ。どう生れ変っても蟻だけには生れたくないものだ。

私が一年に一つしか映画を作らないのは、必ずしも怠けているからではないのだが、今年は映画界も総蹶起というわけで、私も『彼岸花』に続いて、年内にもう一本撮ることになった。

『彼岸花』は興行成績もよかったようだが、あれだけのスターを揃えれば、大当りするのが当り前なので、会社ももとよりそこに安全性を考えていたわけだ。阿呆が監督しても、客が来るだろうと思う。ただ、つまらない自慢だが、阿呆が監督したのでは、あれだけのスターは集まらなかっただろうということは云えよう。大した役ではないが出てみようという好意を持って貰えたから、ともかくスターの名が並んだので、このスター・ヴァリュウで客が入らなかったら、会社はびっくりするどころではなく、私はたちまち契約を解除されてしまうところだ。

映画の出来がよくて、その上興行成績がよければ、それに越したことはないが、若い頃には、興行性と芸術性とは相反するものだと、私は考えていた。儲からなくてもいいから、自分のやりたいものをやるんだという意気込みで、大いに仕事をしたものだ。だから、批評家には評判がよかったが、会社は有難くなかったろう。しかし、小津の映画は余り金をかけていないから、客が入らなくても仕様がない、と考えて好きなようにやらしてくれた。もし、会社で皮算用している作品が、はずれたならばそのままでは済まなかったろうと思う。

やはり若い時は、意あっても力が足りない。通俗性だ、芸術性だと難しいことを振りまわしても、後になって振返ってみると、思っているだけの表現ができていない。気分だけは大変な芸術と取組んでいるつもりでも、ろくに腕も立たず、障子一枚、棧一つ削れない奴が、仏像を作ろうとしてもうまくゆくはずがない、職人の風上にも置けない奴だということになる。

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