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TORENDIA

丸之内点景

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

春の夜の丸の内を舞台に、帝劇帰りの人々が行き交う街の情景や、近代建築である丸ビルの内部を覗き見る様子を綴る。通りに漂う洋食の匂いや、ビルの各階で営まれる人々の生活、屋上で飼育されるらんちう、早朝の野球練習へ向かう店員たちの姿を描き出し、都会で織りなされる独特の空気感や視覚的な断片を冷徹かつ詩的な筆致で記録する。都市の無機質な空間の中に潜む、人間味や生活の機微を観察したエッセイを収める。

小津安二郎

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🎧 丸之内点景 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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春の夜である。

今、活動がハネたばかりで、人浪は、帝劇から丸之内の一角を通つて、銀座につゞく。

「一寸、つき合へよ、アロハ・オエを一枚買つて行くんだ」

三人連れの海軍青年士官の会話。

▽

春の夜の、コンクリートの建物の並んだ、丸之内の裏通りのごみ箱一つ見えない、アスフアルトの往来に、ふと、野菜サラダのにほひを感じたと芥川龍之介は書いてゐる。

この通りには、ところどころに西洋料理店はあるし、大方は、地下室が、料理場になつてゐて、ほ道とすれ/\に通風窓があるから、野菜サラダだらうが、かきフライであらうが、鼻が悪くない限りごみ箱を連想し、その所在を気にせずとも、それより遙に新鮮なにほひを感じるのは当然である。

当時、このあたりに洋食屋が一軒もなかつたと、好意的に解釈するとして――

今僕の前を行く、これも帝劇の帰りの慶応の学生も、洋食に関して極めて博学を示してゐる。

「日本の海老はラブスターとは、いはないんだね」

春の夜の丸之内の裏通りに、ふと洋食を感じるのは、どうやら春の夜の定式らしい。

▽

相似形的二重露出  曇天の、丸ビルは大きな水さうに似てゐる。

中に、無数の目高が泳いでゐる。

▽

丸ビルは、とても大きい愚鈍な顔をしてゐる。

殊に、夜が明けてから、朝のラツシユ・アワーになる迄の数時間の表情と来ては、早発性痴ほうよだれだ。よだれは敷石をぬらしてゐる。

▽

ドーナツツに穴のある様に、もつと現実的にいつて、便所の防臭剤に穴のある様に、丸ビルの内側にも、通風と採光の穴があいてゐる。

丸ビル、八階――

窓、窓、窓、窓、東向き――

一階、コーヒーを沸してゐる。

二階、女店員とコンパクト。

三階、ポマード頭。

四階、ヨーヨーをしてゐる。

五階、ヨーヨーをしてゐる。これはニウトンの戸惑ひをした表情だ。

六階、丁字形定規が動いてゐる。

七階、空室。

八階、窓硝子をふいてゐる。陸のカンカン虫。

▽

窓、窓、窓、窓、南向き――

一階、飯びつが乾してある。

二階、狸が狐を背負つてゐる。美容院。

三階、タイプライターをたゝいてゐる。

四階、手巾が乾してある。

五階、泣いて文書く人もある。これはうそだ。給仕が靴を磨いてゐる。

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