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TORENDIA

ここが楢山

本文約510字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

明治八年生まれで八十四歳になる母と、北鎌倉の家で二人暮らしを続ける息子の日常を綴る。家政婦の助けを借りながらも、朝早く夜早く暮らす母との生活や、かつては大柄だった老母の様子を振り返る。坂の上の家から滅多に出ない母を案じ、息子はここが楢山であると捉え、母との穏やかな同居生活が続くことへの安堵と感慨を込めて、古歌を引いて今の暮らしと心境を明かす随筆である。

小津安二郎

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🎧 ここが楢山 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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母は明治八年生れ。三男二女をもうけて、僕はその二男に当る。他の兄妹は、それぞれ嫁をもらい、嫁にゆき、残った母と僕との生活が始まってもう二十年以上になる。

一人者の僕の処が居心地がいいのか、まだまだ僕から目が放せないのか、それは分らないが、とにかく、のんきに二人で暮している。

母は、朝早く夜早く、僕はその反対だから家にいても滅多にめしも一緒に食わない。

去年頃までは、なかなかの元気で、一人で食事の支度から雨戸の開けたて、僕の蒲団の上げおろしまでやってくれたが、今年から、いささか、へばって家政婦さんに来てもらっている。無理もない。八十四である。人間も使えば使えるものだと、つくづく思う。それにしても、五十五や六十の定年は早すぎる。

今住んでいる家は、北鎌倉の高みにあり、出かけるのも坂があるので、母は滅多に家から出ない。ここがもう楢山だと思っているらしい。

若いころの母は大女の部類で、今でも年の割には大婆の方である。負ってはみないが重そうである。

たらちねの母を背負いてそのあまり

重きに泣きて楢山にゆく

ここが楢山なら、いつまでいてもらってもいい。負って行く世話がなくて、僕も助かる。

(「週刊朝日」昭和33年8月10日号)

完

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