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TORENDIA

賣藥ファン

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

売薬を服むこと自体を好む、著者の風変わりな趣味を綴る随筆である。幼少期に医者の父親から薬を禁じられた反動から始まり、大人になっても新薬の広告を見ると購入せずにはいられないという癖を描く。戦争中の薬の買い溜めや、戦後の新薬の洪水の中でも、薬の効能よりも錠剤の色や箱のデザインに愛着を感じ、多種類の薬を日常的に服用する自らの異常な生活習慣や、売薬ファンとしての日常を滑稽かつ率直に描写する。

古川緑波

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🎧 賣藥ファン / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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先に言つて置く。僕は、賣藥ファンといふ奴、それも、ミーちやんハーちやん的のファンで、理窟も何もない、たゞ、いろんな藥を服みたくつてしようがない性分である。

たとへば、錠劑の、眞つ赤な色が氣に入つたとか、グリーンが美しいから、好きだとか言つて、愛用するといふくちだ。

隨分、幼稚で、お話にならない。

今でも、毎日五六種類から、十種類ぐらゐの賣藥を服む。

何時頃から、かういふ癖がついたのか。

幼少の頃は、實父が醫者で、賣藥といふものは一切服ませないし、買ふことも禁じられてゐた。

その反動で、小さい時から、懷中良藥仁丹、ゼム、カオール、清心丹の類から、寶丹などといふ藥を、そつと買つて、内證で服んでゐた。

これは、隱れて煙草をのむやうな、よろこびがあつたやうである。

尤も、それらの、懷中良藥は、藥といふよりも、お菓子のやうなもので、いまの、チュウインガムの役目を果してゐたのだと思ふが――

それから段々大人になつてから、胃の藥、何の藥と、新藥の廣告を見ると、買はずにはゐられなくなるやうになり、友人たちも、「頭が痛いが、何を服んだらいゝか」とか「何といふ藥が効くか」といふ風に、僕に訊くやうになつて來た。

その賣藥ファンも、一番強く活動したのは、戰爭中だ。

藥なども、段々無くなるといふ頃、地方へ旅でもすると、僕は自ら藥屋へ行つて、藥の買ひ溜めをした。

僕は、不眠症なので、一番主な狙ひは、催眠藥であつたが、その他何でも、珍らしいものがあれば買つた。

例へば、痔の藥でも、こつちは痔など患つてゐないのに、買つてしまふのだ。

地方へ行くと、藥屋さんの奧の間へ上り込んで、あれもこれもと買ひ込む。戰爭中にして、百圓以上の買ひものは、ザラだつた。

そして、買ひ溜めた藥は、本棚の一つを空けて、藥棚とし、色々な藥を並べて、眺めて喜んでゐた。

藥が古くなれば、効かなくなつてしまふとか、何とかさういふことはおかまひなしの、全く、無邪氣なものだつた。

そんな風だから、ヒロポンなんかを知つたのも、一番早い方だらう。注射ではなく、錠劑の奴だ。確か、海軍へ慰問に行つた時に、貰つたのが始めだつたと思ふ。

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