ヒッポドロム
本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
公園の片隅に張られた灰白い天幕の下、露西亜人たちによる曲馬団が興行を行っている。語り手は、その一員である女曲芸師マテニの空中ブランコ芸に強く惹かれ、連日劇場へ通いつめる。彼女が空中で見せるなめらかでしなやかな身体の動きは、語り手が寝入り端に見る夢の光景と重なり、現実と夢の境界を曖昧にする。語り手は、彼女の芸に対する個人的な愛着と、その異国的な生活が持つ切なさを綴る。
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曇天の灰白い天幕が三角型に、煉瓦の塔の際に、これも又曇った雪ぞらのように真寂しく張られてあった、風の激しい日で、風を胎んだ天幕の脚が、吹き上げられ、陰気な鳴りかぜが耳もとを掠めた、その隙間に、青い空が広濶とつづいていた。
真赤な肉じゅばんを着た女が、飴色の馬上であきの蜻蛉のような焼けた色で、くるくる廻っていた。馬の顔はだんだんに膨れ、臼のようになったところに、女の紅い脚は、さかさまにぐいと衝き立てられ、踵の、可愛い靴さきが腰部から次第に細まっているだけ、なお、馬の背中の上の、これも逆に顎さきを立てた顔が捩じられた。――くるくる廻っている馬の影が、柔らかい木屑の土俵の上に、ちぢまりながら趁い行き、ふくれて停まるとき、れいの臼のような顔だけが映っていた。
ふしぎなことは紅い服の女の姿は、まるで小さい影絵のようにふらふらしている間に、フイに消えてしまった。そしてこんどは、暗い肌衣をした蝙蝠色の瞳をした女が、はりがねの上をつるつる辷っていた。鬼灯色の日傘をさし、亀甲のような艶をした薔薇色の肌をひらいて、水すましのように辷っては、不思議なうすい藍ばんだ影を落していた。何んでもないことだが、一ト渡りすると、微笑ってみせるので、美しくけはい立って見えた。というより、この異国の女の鼓動が胸を透して優しい花のように文字どおりに、すこしずつ高まったり低くなったりして、ちかちかした胸衣の飾り玉の青や黄いろを煌らせた。
しまいに、二つの膝がしらを揃え、ぺたんこに坐ってしまって、よくある例の手を口に啣え、地獄から今かえってきたような顔付をして見せたときに、わたしは少し不愉快だった。あそこまで見せなければならないこともないのに、フイに人目に立たないほどの厭気で、唾を吐いた。が、すぐにその顔は毒のない、よく芸人にみるうすばかめいた微笑にかえられたので吻とした。