或る選挙風景
本文約7,000字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
温泉市で県会議員選挙が行われる。拡声器を備えたトラックが街中で絶叫を繰り返すなか、権力と金で組織を操る自由党のボス候補に対し、インテリ層の民主党候補が争う。筆者は当初投票を棄権する予定であったが、ボスの横暴な選挙戦術に嫌悪感を抱き、対立候補へ一票を投じるべく投票所へ向かう。本作は、現代選挙における過剰な宣伝手法やボス支配の実態を観察し、投票行動を通じて政治のあり方を論じる随筆である。
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競輪場はうるさいものだ。あと五分で投票を〆切ります、投票を〆切ります。拡声器の間断ない絶叫の合間にベルが脳天をドリルで突きさすように鳴りつづける。人間が殺気立つのは仕方がないような、気違いじみた騒音であるが、今度の選挙はそれよりもひどかった。東京も大変だったそうだが、私は上京しなかったから知らない。関西へは旅行したが、朝七時前、京都大阪間のまだ人の通行のほとんど見られない路上でもう候補者が無人の空間に向ってメガホンで叫んでいるのが車窓から見られた。全然選挙の気配を見なかったのは、花の吉野山だけだった。ウネビで自動車にのり、「山の辺の道」を走る。大国主命の王国の地かね。彼を祀る総本山を三輪山というが、その山に沿うて西麓を北上する旧道を「山の辺の道」という。歴史以前から今に残る日本最古の道だという。ハッキリ根拠があるのかどうか知らないが、物はタメシに通ってみた。その道でも選挙の自動車にすれちがったね。しかし、総じて、私の通過した地は古代帝都の地とはいえ今は寂れた田園であるから、選挙の気配はかすかであった。昔は絶え間なく勢力争いに父子兄弟血に血を争った土地であるが、彼らは古墳にねむり、発掘した廃寺の礎石や古墳の前で選挙演説をぶッてるキチガイはいなかった。