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TORENDIA

誰

本文約8,500字 ・ 読了時間 約18分

あらすじ(AIが作成しました)

秋の一夜、学生から悪の子「サタン」と呼ばれた作者が、自身の正体を問い直す過程を綴る。自分を見失い不安に苛まれる中で、聖書の解釈や知人との対話を通じ、他者の抱く自己の像と自身の内面との乖離に向き合う。やがて病身の女性読者との交流においても予期せぬ悪評を受け、自己の存在意義や他者から向けられる眼差しに翻弄されながら、絶えず自らを疑い続ける作家の精神的な苦悩と葛藤を描く随筆である。

太宰治

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イエス其の弟子たちとピリポ・カイザリヤの村々に出でゆき、途にて弟子たちに問ひて言ひたまふ「人々は我を誰と言ふか」答へて言ふ「バプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人は預言者の一人」また問ひ給ふ「なんぢらは我を誰と言ふか」ペテロ答へて言ふ「なんぢはキリスト、神の子なり」(マルコ八章二七)

たいへん危いところである。イエスは其の苦悩の果に、自己を見失い、不安のあまり無智文盲の弟子たちに向い「私は誰です」という異状な質問を発しているのである。無智文盲の弟子たちの答一つに頼ろうとしているのである。けれども、ペテロは信じていた。愚直に信じていた。イエスが神の子である事を信じていた。だから平気で答えた。イエスは、弟子に教えられ、いよいよ深く御自身の宿命を知った。

二十世紀のばかな作家の身の上に於いても、これに似た思い出があるのだ。けれども、結果はまるで違っている。

かれ、秋の一夜、学生たちと井の頭公園に出でゆき、途にて学生たちに問いて言いたまう「人々は我を誰と言うか」答えて言う「にせもの。或人は、嘘つき。また或人は、おっちょこちょい。或人は、酒乱者の一人」また問い給う「なんじらは我を誰と言うか」ひとりの落第生答えて言う「なんじはサタン、悪の子なり」かれ驚きたまい「さらば、これにて別れん」

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