自来也の話
本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
宋の諧史に記される盗賊・我来也の話を軸に、日本で自来也から児雷也へと変遷し、江戸の草双紙や歌舞伎で人気を博した物語の受容と発展の経緯を綴る。本書は、中国の伝承が翻訳され、読本や芝居の脚色を経て児雷也という名が定着する過程を描くとともに、歌舞伎狂言作者・黙阿弥の出世とこの物語の意外な因縁について解説する。
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自来也も芝居や草双紙でおなじみの深いものである。わたしも「喜劇自来也」をかいた。自来也は我来也で、その話は宋の沈俶の「諧史」に載せてある。
京城に一人の兇賊が徘徊した。かれは人家で賊を働いて、その立去るときには必ず白粉を以て我来也の三字を門や壁に大きく書いてゆく。官でも厳重に捜索するが容易に捕われない。かれは相変らず我来也を大書して、そこらを暴してあるく。その噂がますます高くなって、賊といえば我来也の専売のようになってしまって、役人達も賊を捕えろとは云わず、唯だ我来也を捕えろと云って騒いでいるうちに、一人の賊が臨安で捕われた。捕えた者は彼こそ確かに我来也であると主張するのであるが、捕えられた本人はおぼえもない濡衣であると主張する。臨安の市尹は後に尚書となった趙という人で、名奉行のきこえ高い才子であったが、何分にも証拠がないので裁くことが出来ない。どこかに賍品を隠匿しているであろうと詮議したが、それも見あたらない。さりとて迂闊に放免するわけにも行かないので、そのまま獄屋につないで置くと、その囚人がある夜ひそかに獄卒にささやいた。
「わたくしは盗賊に相違ありませんが、まったく彼の我来也ではありません。しかしこうなったら何の道無事に助からないことは覚悟していますから、どうかまあ勦わって下さい。そのお礼としてお前さんに差上げるものがあります。あの宝叔塔の幾階目に白金が少しばかり隠してありますから、どうぞ取出して御勝手にお使いください。」
「それはありがたい。」
とは云ったが、獄卒は又かんがえた。かの塔の上には登る人が多いので、迂闊に取出しにゆくことは出来ない。第一あんなに人目の多いところに金をかくして置くと云うことが疑わしい。こいつそんなことを云って、おれに戯うのではないかと躊躇していると、かれはその肚のなかを見透かしたように又云った。