右門捕物帖
本文約17,800字 ・ 読了時間 約36分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の冷え込む朝、伝馬町のお牢屋同心・牧野源内が、牢内で罪人が刃物で刺殺されるという前代未聞の事件について助力を求めてやって来る。牢内は外部からの侵入が不可能であり、持ち込み禁止のはずの刃物が使われた謎を追うなか、物語は両替屋鈴文での使い込み事件と、二人の手代が娘の婿の座を巡って起こした愛憎劇へと繋がっていく。町奉行所の同心・右門は、関係者の不審な行動を解き明かし、事件の真相を暴いていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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その第三十五番てがらです。
鼻が吹きちぎられるような寒さでした。
まったく、ひととおりの寒さではない。いっそ雪になったらまだましだろうと思われるのに、その雪も降るけしきがないのです。
「おお、つめてえ、ちきしょう。やけにまた寒がらしをきかしゃがらあ。だから、ものごとの正直すぎるってえのはきれえなんだ。たまには寒中にほてってみろよ。冬だからたって、なにもこう正直に凍みなくたっていいじゃねえか。いるんですかい」
朝も今、夜があけたばかり、――この寒いのに、こんな早く変な声がしたからにはもちろん伝六であろうと、ひょいとみると、伝六は伝六だったが変なやつでした。しょんぼりと立って、めそめそ泣いているのです。
「なんだ」
「へ……?」
「へじゃないよ。たった今がんがんとやかましくがなってきたのに、なにを急にめそめそやるんだよ。寒にあてられたのかい」
「あっしが泣いたからって、いちいちそうひやかすもんじゃねえんですよ。悲しいのはあっしじゃねえんだ。こう暮れが押しつまっちゃ、人づきあいをよくしておかねえと、どこでだれに借銭しなくちゃならねえともかぎらねえからね。そのときの用心にと思って、ちょっとおつきあいに泣いたんです。あれをご覧なさい、あれを――」
「…………?」
いぶかしいことばに、起きあがって、指さした庭先を見ながめると、しょんぼりとたたずんでいる人影が見えました。
はかま、大小、素はだしに髪は乱れて、そのはかまも横にゆがみながら、なにかあわてふためいて必死とここへ駆けつけてきたらしい様子が見えるのです。
「お牢屋同心だな!」
「そ、そ、そうなんですよ。ちらりと見たばかりでホシをさすたアえれえもんだね。あの、だんな、ご親類ですかい」
「腰にお牢屋のかぎ束をぶらさげていらっしゃるじゃねえか。いちいちとうるせえやつだ。ご心配そうにしていらっしゃるが、何か起きたのかよ」