右門捕物帖
本文約18,700字 ・ 読了時間 約38分
あらすじ(AIが作成しました)
正月中旬のやぶ入りの日、加賀百万石の屋敷の裏門前に武士の変死体があると駆け込み訴えがあった。右門は現場に残された不審な絵図面と香水の匂いから事件の解明に乗り出す。死体は全身が火ぶくれとなっており、同時期に屋敷から姿を消した妻・おこよの書き置きも見つかる。名人は聞き込みと現場検証を通じて、一連の奇怪な事象の背後に潜む関係者たちの策謀を突き止め、加賀藩の家名を汚さぬよう配慮しつつ、背後にある悪行を次々と暴き出していく。
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その第三十六番てがらです。
事の起きたのは正月中旬、えりにえってまたやぶ入りの十五日でした。
「えへへ……話せるね、まったく。一月万歳、雪やこんこん、ちくしょうめ、降りやがるなと思ったら、きょうにかぎってこのとおりのぽかぽか天気なんだからね。さあ行きましょ、だんな、出かけますよ」
天下、この日を喜ばぬ者はない。したがって、伝六がおびただしくはめをはずしてやって来たとて、不思議はないのです。
「腹がたつね。こたつはなんです? そのこたつは! 行くんだ、行くんだ。出かけるんですよ」
「お寺参りかえ」
「ああいうことをいうんだからな。正月そうそう縁起でもねえ。きょうはいったいなんの日だと思っているんですかよ。やぶいりじゃねえですか。世間が遊ぶときゃ人並みに遊ばねえと、顔がたたねえんだ。行くんですよ! 浅草へ!」
「へへえ。おまえがな。年じゅうやぶいりをしているようだが、きょうはおまえ、よそ行きのやぶいりかえ」
「おこりますぜ、からかうと! ――ええ、ええ、そうですとも! どうせそうでしょうよ。なにかというと、だんなはそういうふうに薄情にできているんですからね。けれども、物事には気合いというものがあるんだ、気合いというものがね。よしやあっしが年じゅうやぶいり男にできていたにしても、いきましょ、だんな、どうですえと、羽をひろげて飛んできたら、よかろう、いこうぜ、主従は二世三世、かわいいおまえのことだ、――そうまではおせじを使ってくださらねえにしても、もちっとどうにかいい顔をしたらいいじゃござんせんか、いい顔をねえ」
「…………」
「え! だんな! どうですかよ、だんな!」
「…………」
「くやしいな! いかねえんですかい、だんな! え! だんな! どうあっても行かねえというんですかい」
だんだんと声をせりあげながら、だんだんと庭先から顔をせりあげて、ひょいとのぞいてみると、むっつりの名人がおかしなものをこたつの上にひろげて、しきりとのぞいているのです。
半紙一枚に書いた絵図面でした。
ここのところ本郷通り。
ここかど。
こちらへい。
ここかど。
隣、インショウジ。
ここ加州家裏門。