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TORENDIA

半七捕物帳

本文約23,000字 ・ 読了時間 約47分

あらすじ(AIが作成しました)

文久元年の春、深川の砂村へ梅見に出かけた旗本・浅井因幡守一行を乗せた屋根船が、帰路の小名木川で突如沈没する惨事が発生する。主人の因幡守と妾、娘、女中らが犠牲となるが、その後、生き残った関係者の周辺で不可解な事態が次々と判明する。老捕吏・半七が、船の沈没に隠された悲劇的な真相や、それに続く一族の没落に至るまで、当時の事件の経緯を語る物語。

岡本綺堂

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一

明治二十六年の十一月なかばの宵である。わたしは例によって半七老人を訪問すると、老人はきのう歌舞伎座を見物したと云った。

「木挽町はなかなか景気がようござんしたよ。御承知でしょうが、中幕は光秀の馬盥から愛宕までで、団十郎の光秀はいつもの渋いところを抜きにして大芝居でした。愛宕の幕切れに三宝を踏み砕いて、網襦袢の肌脱ぎになって、刀をかついで大見得を切った時には、小屋いっぱいの見物がわっと唸りました。取り分けてわたくしなぞは昔者ですから、ああいう芝居を見せられると、総身がぞくぞくして来て、思わず成田屋ァと呶鳴りましたよ。あはははは」

「まったく評判がいいようですね」

「あれで評判が悪くちゃあ仕方がありません。今度の光秀だけは是非一度見て置くことですよ」

老人の芝居好きは今始まったことではない。わたしのような若い者がこの老人に嫌われないのも、こいつは芝居好きで少しは話せるというのが一つの原因になっているらしい。したがって老人と向かい合った場合、芝居話のお相手をするのは覚悟の上であるから、わたしも一緒になって頻りに歌舞伎座の噂をしていると、老人は又こんなことを云い出した。

「今度の木挽町には訥升が出ますよ。助高屋高助のせがれで以前は源平と云っていましたが、大阪から帰って来て、光秀の妹と矢口渡のお舟を勤めています。三、四年見ないうちに、すっかり大人びて、矢口のお舟なぞはなかなかよくしていました。いや、矢口と云えば、あの神霊矢口渡という芝居にあるようなことは勿論嘘でしょうが、矢口渡の船頭が足利方にたのまれて、渡し舟の底をくり抜いて、新田義興の主従を川へ沈めたというのは本当なんでしょうね」

「そりゃあ本当でしょう。太平記にも出ていますから……」

「子供の話にある、カチカチ山の狸の土舟というわけですね。その矢口渡に似たような事件があるんですが……。恐らく太平記か芝居から思い付いたんじゃないでしょうか」

「矢口渡に似たような事件……。それにはあなたもお係り合いになったんですか」

「かかり合いましたよ」

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