TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形ばかりの土産物をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。

そのうちに、わたしが鋸山へ登って、おびただしい蛇に出逢った話をすると、半七は顔をしかめながら笑った。

「わたしの識っている人で、鋸山の羅漢さまへお参りに行ったのもありましたが、蛇の話は聴きませんでした。別にどうするということも無いでしょうが、それでも気味がよくありませんね。蛇と云えば、いつぞやお化け師匠のお話をしたことがあるでしょう。師匠を絞め殺して、その頸に蛇をまき付けて置いた一件です。あれとは又違って、わたくしの方に蛇のお話がありますが、蛇にはもう懲りましたか」

「かまいません。聴かせて下さい」

「では、お話をしますが、例のわたくしの癖で、前置きを少し云わせてください。それでないと、今の人達にはどうも判り兼ねますからね。御承知の通り、小石川に小日向という所があります。小日向はなかなか区域が広く、そのうちにいろいろの小名がありますが、これから申し上げるのは小日向の水道端、明治以後は水道端町一丁目二丁目に分かれましたが、江戸時代には併せて水道端と呼んでいました。その水道端、こんにちの二丁目に日輪寺という曹洞宗の寺があります。その本堂の左手から登ってゆくと、うしろの山に氷川明神の社がありました。むかしは日輪寺も氷川神社も一緒でありましたが、明治の初年に神仏混淆を禁じられたので、氷川神社は服部坂の小日向神社に合祀されることになって、社殿のあとは暫く空地のままに残っていましたが、今では立ち木を伐り払って東京府の用地になっているようです。

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