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TORENDIA

半七捕物帳

本文約23,400字 ・ 読了時間 約47分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸小石川の水道端に位置する氷川明神山には、伝説の怪物かむろ蛇が棲むと伝えられていた。安政五年の夏、猛威を振るう伝染病コロリに怯える人々が参詣に訪れる中、煙草屋の娘お袖ら一行は森の中で切禿の少女の姿を目撃する。この出来事を機に起こる怪異や、近隣で発生した殺人事件を軸に、捕吏の半七が関口屋を巡る騒動と事件の真相を紐解いていく過程を描く。

岡本綺堂

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一

ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形ばかりの土産物をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。

そのうちに、わたしが鋸山へ登って、おびただしい蛇に出逢った話をすると、半七は顔をしかめながら笑った。

「わたしの識っている人で、鋸山の羅漢さまへお参りに行ったのもありましたが、蛇の話は聴きませんでした。別にどうするということも無いでしょうが、それでも気味がよくありませんね。蛇と云えば、いつぞやお化け師匠のお話をしたことがあるでしょう。師匠を絞め殺して、その頸に蛇をまき付けて置いた一件です。あれとは又違って、わたくしの方に蛇のお話がありますが、蛇にはもう懲りましたか」

「かまいません。聴かせて下さい」

「では、お話をしますが、例のわたくしの癖で、前置きを少し云わせてください。それでないと、今の人達にはどうも判り兼ねますからね。御承知の通り、小石川に小日向という所があります。小日向はなかなか区域が広く、そのうちにいろいろの小名がありますが、これから申し上げるのは小日向の水道端、明治以後は水道端町一丁目二丁目に分かれましたが、江戸時代には併せて水道端と呼んでいました。その水道端、こんにちの二丁目に日輪寺という曹洞宗の寺があります。その本堂の左手から登ってゆくと、うしろの山に氷川明神の社がありました。むかしは日輪寺も氷川神社も一緒でありましたが、明治の初年に神仏混淆を禁じられたので、氷川神社は服部坂の小日向神社に合祀されることになって、社殿のあとは暫く空地のままに残っていましたが、今では立ち木を伐り払って東京府の用地になっているようです。

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