半七捕物帳
本文約21,100字 ・ 読了時間 約43分
あらすじ(AIが作成しました)
安政二年、両国橋の仮橋付近で死後数日を経た女の死骸が発見される。女は風呂敷に金無垢の芯を蝋で覆った特殊な蝋燭を包んで抱えていた。不審に思った岡っ引きの半七は、これが世間を騒がせる江戸城御金蔵破りに関係していると直感し、相棒の幸次郎と共に探索を開始する。一見身投げのように見えるこの事件の裏に隠された、欲と怨念が絡み合う複雑な真相を、半七が江戸の裏通りで解き明かしていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
秋の夜の長い頃であった。わたしが例のごとく半七老人をたずねて、面白い昔話を聴かされていると、六畳の座敷の電灯がふっと消えた。
「あ、停電か」
老人は老婢を呼んで、すぐに蝋燭を持って来させた。
「行灯やランプと違って、電灯は便利に相違ないが、時々に停電するのが難儀ですね」
「それでもお宅には、いつでも蝋燭の用意があるのには感心しますね」と、わたしは云った。
「なに、感心するほどのことでも無い。わたくしなぞは昔者ですから、ランプが流行っても、電灯が出来ても、なんだか人間の家に蝋燭は絶やされないような気がして、いつでも貯えて置くんですよ。それが今夜のような時にはお役に立つので……」
ふた口目にはむかし者というが、明治三十年前後の此の時代に、普通の住宅で電灯を使用しているのはむしろ新らしい方であった。現にわたしの家などでは、この頃もまだランプをとぼしていたのである。新らしい電灯を用いて、旧い蝋燭を捨てず、そこに半七老人の性格があらわれているように思われた。
こんにちと違って、そのころの停電は長かった。時には三十分も一時間も東京の一部を闇にして、諸人を困らせることがあった。今夜の停電も長い方で、主人も客も夜風にまたたく蝋燭の暗い火を前にして、暫く話し続けているうちに、その蝋燭から縁を引いて、老人は「金の蝋燭」という昔の探偵物語をはじめた。