TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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秋の夜の長い頃であった。わたしが例のごとく半七老人をたずねて、面白い昔話を聴かされていると、六畳の座敷の電灯がふっと消えた。

「あ、停電か」

老人は老婢を呼んで、すぐに蝋燭を持って来させた。

「行灯やランプと違って、電灯は便利に相違ないが、時々に停電するのが難儀ですね」

「それでもお宅には、いつでも蝋燭の用意があるのには感心しますね」と、わたしは云った。

「なに、感心するほどのことでも無い。わたくしなぞは昔者ですから、ランプが流行っても、電灯が出来ても、なんだか人間の家に蝋燭は絶やされないような気がして、いつでも貯えて置くんですよ。それが今夜のような時にはお役に立つので……」

ふた口目にはむかし者というが、明治三十年前後の此の時代に、普通の住宅で電灯を使用しているのはむしろ新らしい方であった。現にわたしの家などでは、この頃もまだランプをとぼしていたのである。新らしい電灯を用いて、旧い蝋燭を捨てず、そこに半七老人の性格があらわれているように思われた。

こんにちと違って、そのころの停電は長かった。時には三十分も一時間も東京の一部を闇にして、諸人を困らせることがあった。今夜の停電も長い方で、主人も客も夜風にまたたく蝋燭の暗い火を前にして、暫く話し続けているうちに、その蝋燭から縁を引いて、老人は「金の蝋燭」という昔の探偵物語をはじめた。

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