TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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明治三十二年の秋とおぼえている。わたしが久松町の明治座を見物にゆくと、廊下で半七老人に出逢った。

「やあ、あなたも御見物ですか」

わたしの方から声をかけると、老人も笑って会釈した。そこはほんの立ち話で別れたが、それから二、三日過ぎてわたしは赤坂の家をたずねた。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内伊賀之助、小団次の天一坊という役割であった。

わたしの予想通り、老人はなかなかの見巧者であった。かれはこの狂言の書きおろしを知っていた。それは明治八年の春、はじめて守田座で上演されたもので、彦三郎の越前守、左団次の伊賀之助、菊五郎の天一坊、いずれも役者ぞろいの大出来であったなどと話した。

「御承知の通り、江戸時代には天一坊をそのままに仕組むことが出来ないので、大日坊とか何とかいって、まあいい加減に誤魔化していたんですが、明治になったのでもう遠慮はいらないということになって、講釈師の伯円が先ず第一に高座で読みはじめる。それが大当りに当ったので、それを種にして芝居の方でも河竹が仕組んだのですが、それが又大当りで、今日までたびたび舞台に乗っているわけですが、やっぱり書きおろしが一番よかったようですな。いや、こんなことを云うから年寄りはいつでも憎まれる。はははははは」

芝居の話がだんだん進んで、天一坊の実録話に移って来た。

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