半七捕物帳
本文約16,100字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
幕末の江戸、茅場町に美しい女行者が現れる。公家の息女を名乗り、祈祷と称して信者から多額の金を巻き上げる彼女の素性を、岡崎長四郎の命を受けた半七が探索する。当初は討幕派の陰謀も疑われたが、調査の結果、冷泉家の娘を騙る女行者と、背後で操る男による山師の詐欺事件であることが判明する。やがて信者の息子が巻き込まれた死をきっかけに、事態は急展開を迎える。
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一
明治三十二年の秋とおぼえている。わたしが久松町の明治座を見物にゆくと、廊下で半七老人に出逢った。
「やあ、あなたも御見物ですか」
わたしの方から声をかけると、老人も笑って会釈した。そこはほんの立ち話で別れたが、それから二、三日過ぎてわたしは赤坂の家をたずねた。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内伊賀之助、小団次の天一坊という役割であった。
わたしの予想通り、老人はなかなかの見巧者であった。かれはこの狂言の書きおろしを知っていた。それは明治八年の春、はじめて守田座で上演されたもので、彦三郎の越前守、左団次の伊賀之助、菊五郎の天一坊、いずれも役者ぞろいの大出来であったなどと話した。
「御承知の通り、江戸時代には天一坊をそのままに仕組むことが出来ないので、大日坊とか何とかいって、まあいい加減に誤魔化していたんですが、明治になったのでもう遠慮はいらないということになって、講釈師の伯円が先ず第一に高座で読みはじめる。それが大当りに当ったので、それを種にして芝居の方でも河竹が仕組んだのですが、それが又大当りで、今日までたびたび舞台に乗っているわけですが、やっぱり書きおろしが一番よかったようですな。いや、こんなことを云うから年寄りはいつでも憎まれる。はははははは」
芝居の話がだんだん進んで、天一坊の実録話に移って来た。