TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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ある年の正月下旬である。寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯から帰って来たところであった。その頃はまだ朝湯の流行っている時代で、半七老人は毎朝六時を合図に手拭をさげて出ると聞いていたのに、日が暮れてから湯に行ったのは珍らしいと思った。それについて、老人の方から先に云い出した。

「今夜は久しぶりで夜の湯へ行きました。日が暮れてから帰って来たもんですから……」

「どこへお出かけになりました」

「川崎へ……。きょうは初大師の御縁日で」

「正月二十一日……。成程きょうは初大師でしたね」

「わたくしのような昔者は少ないかと思ったら、いや、どう致しまして……。昔よりも何層倍という人出で、その賑やかいには驚きました。尤も江戸時代と違って、今日では汽車の便利がありますからね。昔は江戸から川崎の大師河原まで五里半とかいうので、日帰りにすれば十里以上、女は勿論、足の弱い人たちは途中を幾らか駕籠に助けて貰わなければなりません。足の達者な人間でも随分くたびれましたよ」

「それでも相当に繁昌したんでしょうね」

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