TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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明治廿五年の春ごろの新聞をみたことのある人たちは記憶しているであろう。麹町の番町をはじめ、本郷、小石川、牛込などの山の手辺で、夜中に通行の女の顔を切るのが流行った。若い婦人が鼻をそがれたり、頬を切られたりするのである。幸いにふた月三月でやんだが、その犯人は遂に捕われずに終った。

その当時のことである。わたしが半七老人をたずねると、老人も新聞の記事でこの残忍な犯罪事件を知っていた。

「犯人はまだ判りませんかね」と、老人は顔をしかめながら云った。

「警察でも随分骨を折っているようですが、なんにも手がかりが無いようです」と、わたしは答えた。「一種の色情狂だろうという説もありますが、なにしろ気ちがいでしょうね」

「まあ、気ちがいでしょうね。昔から髪切り顔切り帯切り、そんなたぐいはいろいろありました。そのなかでも名高いのは槍突きでしたよ」

「槍突き……。槍で人を突くんですか」

「そうです。むやみに突き殺すんです。御承知はありませんか」

「知りません」

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