電気風呂の怪死事件
本文約16,600字 ・ 読了時間 約34分
あらすじ(AIが作成しました)
向井湯という通称・電気風呂で、入浴中の男が突如として倒れ、感電の疑いで騒然とする。同じ頃、湯屋の天井裏では犯人による凄惨な兇行が進行しており、隠蔽工作を企てる風呂屋の店員と犯人が対峙する。殺人の瞬間を撮影したフィルムと、巧みな変装を駆使して逃走を図る犯人の軌跡、そして事件の全容が明らかになる過程を描く。
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井神陽吉は風呂が好きだった。
殊に、余り客の立て混んでいない昼湯の、あの長閑な雰囲気は、彼の様に所在のない人間が、贅沢な眠から醒めたのちの体の惰気を、そのまま運んでゆくのに最も適した場所であった。
それに、昨日今日の日和に、冬の名残が冷んやりと裸体に感ぜられながらも、高い天井から射し込む眩しい陽光を、恥しい程全身に浴びながら、清澄な湯槽にぐったりと身を横えたりする間の、疲れというか、あの一味放縦な陶酔境といったものは、彼にとって、ちょっと金で買えない娯しみであったのだ。
陽吉の行きつけの風呂は、ちゃんと向井湯という屋号があった。が、近頃大流行の電気風呂を取りつけてあるところから、一般に電気風呂と称ばれていた。
「電気風呂はよく温るね」などと、とにかく珍しもの好きの人気を博することは非常なものであったが、その反対に、入るとピリピリと感電するのを気味悪がる人々は、それを嫌って、わざわざ遠廻りしてまで他所の風呂へ行くといった様に、勢い、それは好き好きのことではあるけれど、噂で持ちきっていたものである。
では、陽吉はどうかというと、決してその電気風呂が好きというのではなかった。ただ、元来無精な所から、何も近所にあるものを嫌ってまで、遠くの風呂へ行くにも及ぶまいじゃないかといった点で、別に是非をつけてはいなかったのである。
尤も、何時であったか、彼の友人で電気技師を職としている茂生というのと一緒に入った時、ひょいとした感じで、ちょっと不安を覚えたので、訊ねてみたことがあった。
「どうだい、この電気風呂って奴は、入浴中に人間が死ぬ様なことはないものかね?」
すると、茂生は、何か他のことでも考えていたのか、はっとした様な態度で、しかしこう答えたものだ。