海野十三氏の弁
本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
酒もやらず派手な道楽も持たない著者が、自身の関心事について語る。専門とする電気学への自負や、発明した電灯装置が友人の執筆を支えた逸話を紹介する。また、書道に寄せる思いも綴る。先祖と仰ぐ菅原道真公との関わりから中学生で始めた書道は、探偵小説という荒っぽい世界に身を置く著者にとって心の安定をもたらす存在である。同じく書道を嗜む友人との交流や、中国で感じた書の本場の凄みについても触れ、自身の多面的な一面を記す。
💰 この本を応援する(投げ銭)
「お道樂」の話ですか、それは困りましたね、私は酒もやらないしこの二三年からだの調子をわるくしてゐるので、たまに三軒茶屋あたりを散歩してくる位のところですから、人樣のやうな派手な「お道樂」はありませんね。
電氣ですか、あれはいまでは「お道樂」のやうになつてゐますが、これは專攻した學問で、これでも私は理學士なのです。
佐野昌一の本名で「おはなし電氣學」なんて、素人向の電氣學の入門書を出したり、ご存じのやうに丘丘十郎のペンネームで、科學小説を書いたりしてゐます。
これは「お道樂」以上の自慢話になるのですが、ごらんなさい、この家は停電されても心配ない上に、いつ泥君が現れても平氣でゐられるやうな裝置が、すつかり出來てゐるでせう。自慢はそればかりではありませんよ、これは「寶石」の讀者にも感謝して頂きたい、といふわけは、停電で夜仕事が出來ず困り拔いてゐた横溝正史君に、私が發明(少し大きすぎますかね)した電燈裝置を送つてあげて喜ばれたことがあります。ちやうど「本陣殺人事件」の解決篇が、この燈下で書かれたことは、自慢になるでせう、ハツハハハ。
書道ですか、あれは「お道樂」ではありませんよ。中學三年の頃からはじめたのですが、眞面目に書道の先生になるつもりでした。その動機も充分あるのです。私の書く探偵小説中の殺人動機よりもたしかな位です。
中學生の私は、ある日、お爺さんに呼びよせられましてね、お前の祖先は書道の神とされてゐる有名な菅原道眞公だから、その子孫たるお前が字のへたなわけがないと、妙な論理から押しつけられて、毎日お手本と睨めつこをすることになつたわけです。
海ならばたたへる水の底までも清き心は月ぞ照さん……といふやうな道眞公の和歌まで暗記したものです。
その後、日下部先生の門に入つて「腕流」を學び、どうやら人樣にもお見せできるやうに上達しました。
書道は、何といつても中國が本場ですよ。小さな子供まで日本人の大人以上に達筆なのには驚かされますね。
探偵小説のやうな荒つぽい人殺しの話などを書いてゐる私などには、その合間々々に「書道」を學ぶことは、別天地に遊ぶ鶴の如く心の澄みわたるのを感じます。