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あの夜更、どうしてあの寂しい裏街を歩いていたのかと訊かれると、私はすこし顔が赭くなるのだ。
兎に角、あれは省線の駅の近所まで出て、円タクを拾うつもりで歩いていたのだった。連れが一人あった。帆村荘六なる男である。――例の素人探偵の帆村氏だった。
「君の好きらしい少女は、いつの間にやら居なくなったじゃないか」と帆村が云った。
「うむ――」
私は丁度そのとき、道を歩きながら、その少女のことを胸に描いていたところだったので、ハッとした。あの薔薇の蕾のように愛らしい少女を、帆村に紹介かたがた引張りだした今夜の仕儀だった。それはこの場末の町にある一軒のカフェの女だった。カフェの女とは云いながら、カフェとは似合わぬ姫君のように臈たけた少女だった。
そのカフェは、名前をゴールデン・バットという。入口に例の雌だか雄だか解らない二匹の蝙蝠が上下になって、ネオンサインで描き出してあった。一寸見たところでは、薄汚い極くありふれたカフェではあったが、私は何ということなく、最初に飛びこんだ夜から気に入ったのだった。それは一ヶ月も前のことだったろう。そのときは私一人だったのだが、その折のことはいずれ話さねばならぬから、後に譲るとして置いて、さて――
「今夜はコンディションが悪かったよ」と私は、半分は照れかくしに云った。
「そうでも無いさ。大いに面白かった」
「それにもう一人、君に是非紹介したいと思っていた女も休んでいやがってネ」
「うん、うん、君江――という女だネ」
「そうだ、君江だ。こいつと来たら、およそチェリーとは逆数的人物でネ」
「チェリーというのかい、あのミツ豆みたいな子は……」
「ミツ豆? ミツ豆はどうかと思うナ」(あわれ吾が薔薇の蕾よ)――
「え?」
「イヤ其の君江というのくらい、性能優れた女性はいないよ。その熱情といい、その魅力といい、更にその能力に於ては、世界一かも知れんぞ。生きているモナリザというのは、正にあの君江のことだ」
と私は、暗がりをもっけの幸いにして、自分でも歯の浮くような饒舌をふるった。