「おや、ここに寝ていた患者さんは?」
と林檎のように血色のいい看護婦が叫んだ。彼女の突っ立っている前には、一つの空ッぽの寝台があった。
「ねえ、あんた。知らない?」
彼女は、手近に居た青ン膨れの看護婦に訊いた。
「あーら、あたし知らないわよ」
といって編物の手を停めると、グシャグシャにシーツの乱れているその寝台の上を見た。
「あーら、本当だ。居ないわネ」
「ど、どこへ行ったんでしょうネ」
「ご不浄へ行ったんじゃないこと」
「ああ、ご不浄へネ。そうかしら……でも変ね。この方、ご不浄へ行っちゃいけないことになってんのよ」
「まあどうして?」
「どうしてといってネ、この方、つまり……あれなのよ、痔が悪いんでしょ。それでラジウムで灼いているんですわ。判るでしょう。つまり肛門にラジウムを差し込んであるんだから、ご不浄へは行っちゃいけないのよ」
「治療中だからなのねェ」
「それもそうだけれどサ、もし用を足している間に、下に落ちてしまうと、あのラジウムは小さいから、どこへ行ったか解らなくなる虞れがあるでしょう」
「そうね。ラジウムて随分高価いんでしょ」
「ええ。婦長さんが云ってたわ。あの鉛筆の芯ほどの太さで僅か一センチほどの長さなのが、時価五六万円もするですって。ああ大変、あれが無くなっちゃ大変だわ。あたし、ご不浄へ行って探してみるわ。だけどもし万一見付からなかったら、あたし、どうしたらいいでしょうネ」
「そんなことよか、早く行って探していらっしゃいよ」
「そうね。ああ、大変!」
林檎のように顔色の良かった看護婦も、俄かに青森産のそれのように蒼味を加えて、アタフタと室外へ出ていった。
だが彼女は、出ていったと思ったら、五分間と経たないうちに、もう引返して来た。引返して来たというより、むしろ飛び込んで来たという方が当っていた。その顔色と云えばまったく血の気もなく蒼褪めて――。
「ああーら、どこにもあの人、居ないわ。あたし、どうしましょう。ああーッ」