TRENDIA CLASSIC

海野十三

1 / 24

小春日和の睡さったらない。白い壁をめぐらした四角い部屋の中に机を持ちこんで、ボンヤリと肘をついている。もう二時間あまりもこうやっている。身体がジクジクと発酵してきそうだ。

白い天井には、黒い蠅が停っている。停っているがすこしも動かない。生きているのか、死んでいるのか、それとも木乃伊になっているのか。

それにしても、蠅が沢山いることよ。おお、みんなで七匹もいる。この冬の最中に、この清潔な部屋に、天井から七匹も蠅がぶら下っていてそれでよいのであろうか。

そう思った途端に、耳の傍でなんだか微かな声がした。ナニナニ。蠅が何かを咄して聴かせるって。

ではチョイト待ちたまえ。いま原稿用紙とペンを持ってくるから……。

オヤ。どうしたというのだろう。持って来た覚えもないのに、原稿用紙とペンが、目の前に載っているぞ。不思議なこともあればあるものだ。――

第一話 タンガニカの蠅

「あのウ、先生。――」

と背後で声がした。

クリシマ博士は、顕微鏡から静かに眼を離した。そのついでに、深い息をついて、椅子の中に腰を埋めたまま、背のびをした。

「あのウ、先生」

「む。――」

「あの卵は、どこかにお仕舞いでしょうか」

「卵というと……」

「先日、あちらからお持ちかえりになりました、アノ駝鳥の卵ほどある卵でございますが……」

「ああ、あれか」と博士は始めて背後へふりかえった。そこには白い実験衣をつけた若い理学士が立っていた。

「あれは――、あれは恒温室へ仕舞って置いたぞオ」

「あ、恒温室……。ありがとうございました。お邪魔をしまして……」

「どうするのか」

「はい。午後から、いよいよ手をつけてみようと存じまして」

「ああ、そうか、フンフン」

博士はたいへん満足そうに肯いた。助手の理学士は、恭しく礼をすると、跫音もたてずに出ていった。彼はゴム靴を履いていたから……。

そこでクリシマ博士は、再び顕微鏡の方に向いた。そしてプレパラートをすこし横へ躙らせると、また接眼レンズに一眼を当てた。

「あのウ、先生」

「む。――」

またやって来たな、どうしたのだろうと、博士は背後をふりかえって、助手の顔を見た。

海野十三の他の作品