蠅
本文約19,600字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
四角い部屋で机に向かう語り手が、耳元で聞こえる蠅の声に導かれ二つの怪異を語る。タンガニカで見つかった巨大な卵から孵化した怪物が街を破壊する話と、宇宙線の影響で男性が妊娠し、部屋で増殖した巨大な仔蠅に命を狙われる話を綴る。生物学的な常識を逸脱した現象が次々と発生し、現実が崩壊していく過程を描く。現実と空想の境界が曖昧な恐怖が全編を通して漂う。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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小春日和の睡さったらない。白い壁をめぐらした四角い部屋の中に机を持ちこんで、ボンヤリと肘をついている。もう二時間あまりもこうやっている。身体がジクジクと発酵してきそうだ。
白い天井には、黒い蠅が停っている。停っているがすこしも動かない。生きているのか、死んでいるのか、それとも木乃伊になっているのか。
それにしても、蠅が沢山いることよ。おお、みんなで七匹もいる。この冬の最中に、この清潔な部屋に、天井から七匹も蠅がぶら下っていてそれでよいのであろうか。
そう思った途端に、耳の傍でなんだか微かな声がした。ナニナニ。蠅が何かを咄して聴かせるって。
ではチョイト待ちたまえ。いま原稿用紙とペンを持ってくるから……。
オヤ。どうしたというのだろう。持って来た覚えもないのに、原稿用紙とペンが、目の前に載っているぞ。不思議なこともあればあるものだ。――
第一話 タンガニカの蠅
「あのウ、先生。――」
と背後で声がした。
クリシマ博士は、顕微鏡から静かに眼を離した。そのついでに、深い息をついて、椅子の中に腰を埋めたまま、背のびをした。
「あのウ、先生」
「む。――」
「あの卵は、どこかにお仕舞いでしょうか」
「卵というと……」
「先日、あちらからお持ちかえりになりました、アノ駝鳥の卵ほどある卵でございますが……」
「ああ、あれか」と博士は始めて背後へふりかえった。そこには白い実験衣をつけた若い理学士が立っていた。
「あれは――、あれは恒温室へ仕舞って置いたぞオ」
「あ、恒温室……。ありがとうございました。お邪魔をしまして……」
「どうするのか」
「はい。午後から、いよいよ手をつけてみようと存じまして」
「ああ、そうか、フンフン」
博士はたいへん満足そうに肯いた。助手の理学士は、恭しく礼をすると、跫音もたてずに出ていった。彼はゴム靴を履いていたから……。
そこでクリシマ博士は、再び顕微鏡の方に向いた。そしてプレパラートをすこし横へ躙らせると、また接眼レンズに一眼を当てた。
「あのウ、先生」
「む。――」
またやって来たな、どうしたのだろうと、博士は背後をふりかえって、助手の顔を見た。