TRENDIA CLASSIC

半七捕物帳

岡本綺堂

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ある時、半七老人をたずねると、老人は私に訊いた。

「あなたに伺ったら判るだろうと思うのですが、几董という俳諧師はどんな人ですね」

時は日清戦争後で、ホトトギス一派その他の新俳句勃興の時代であたから、わたしもいささかその心得はある。几董を訊かれて、わたしはすぐに答えた。彼は蕪村の高弟で、三代目夜半亭を継いだ知名の俳人であると説明すると、老人はうなずいた。

「そうですか。実はこのあいだ或る所へ行きましたら、そこへ書画屋が来ていて、几董の短冊というのを見せていました。わたくしは俳諧の事なぞはぼんくらで、いっさい判らないのですが、その短冊の句だけは覚えています」

「なんという句でした」

「ええと……、誰が願ぞ地蔵縛りし藤の花……。そんな句がありますかえ」

「あります。たしかに几董の句で、井華集にも出ています。おもしろい句ですね」

「わたくしのような素人にも面白いと思われました」と、老人はほほえんだ。「縛られ地蔵を詠んだ句でしょうが、俳諧だから風流に藤の花と云ったので、藤蔓で縛るなぞはめったに無い。みんな荒縄で幾重にも厳重に引っくくるのだから、地蔵さまも遣り切れません。なにかの願掛けをするものは、その地蔵さまを縛って置いて、願が叶えば縄を解くというわけですから、繁昌する地蔵さまは年百年じゅう縛られていなければなりません。それが仏の利生方便、まことに有難いところだと申します」

「どの地蔵さまを縛ってもいいんですか」

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