登場人物
青山播磨
用人 柴田十太夫
奴 權次 權六
青山の腰元 お菊 お仙
澁川の後室 眞弓
放駒四郎兵衞
並木の長吉
橋場の仁助
聖天の萬藏
田町の彌作
ほかに若党 陸尺 茶屋の娘など
第一場
麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の駒寄せ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上のかたに葭簀張の茶店あり。店さきに床几二脚をおく。明暦の初年、三月なかばの午後。
(幡隨院長兵衞の子分並木の長吉、橋場の仁助は床几に腰をかけてゐる。茶店の娘は茶を出してゐる。宮神楽の音きこゆ。)
娘 お茶一つおあがりなされませ。 長吉 桜も今が丁度盛りだね。 娘 こゝ四五日のところが見頃でござります。それに当年はいつもよりも取分けて見事に咲きました。 長吉 山王の桜といへば、おれたちが生れねえ先からの名物だ。山の手で桜と云やあ先づこゝが一番だらうな。 仁助 それだから俺達もわざ/\下町から登つて来たのだ。それで無けりやああんまり用のねえところだ。 長吉 これ、神様の前で勿体ねえことを云ふな。山王様の罰があたるぞ。 仁助 山王様だつて怖えものか。おれには観音様が附いてゐるのだ。 娘 お背中にぢやあございませんか。(笑ふ。) 仁助 やい、やい、こん畜生。ふざけたことを云やあがるな。 長吉 まあ、静かにしろ。どうせ姐さんに褒められる柄ぢやあねえや。はゝゝゝゝゝゝ。 娘 ほゝ、とんだ粗相を申しました。 (ふたりは茶をのんでゐる。石段の上より青山播磨、廿五歳、七百石の旗本。あみ笠、羽織、袴。あとより權次、權六の二人、いづれも奴にて附添ひ出づ。)
播磨 桜はよく咲いたな。 權次 まるで作り物のやうでござりまする。 權六 たなばたの赤い色紙を引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、斯うもあらうかと思はれまする。 播磨 はて、むづかしいことを云ふ奴ぢや。それより一口に、祭礼の軒飾りのやうぢやと云へ。はゝゝゝゝゝ。 (三人は笑ひながら石段を降りる。)