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TORENDIA

鱧の皮

本文約14,200字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

道頓堀で料理屋を営むお文のもとに、東京から疎遠な夫・福造より厚い封書が届く。金銭の無心や復縁を望む内容に加え、好物である鱧の皮を所望する手紙を読み、お文は叔父の源太郎と相談しながら心が揺れ動く。複雑な家庭環境や商売の重圧、そしてかつて家族であった夫への割り切れない感情を抱えるお文は、悩んだ末に自ら鱧の皮を買い求め、東京への旅を計画するなど、自身の生活と向き合い葛藤する姿を描く。

上司小剣

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一

郵便配達が巡査のやうな靴音をさして入つて来た。

「福島磯……といふ人が居ますか。」

彼は焦々した調子でかう言つて、束になつた葉書や手紙の中から、赤い印紙を二枚貼つた封の厚いのを取り出した。

道頓堀の夜景は丁どこれから、といふ時刻で、筋向うの芝居は幕間になつたらしく、讃岐屋の店は一時に立て込んで、二階からの通し物や、芝居の本家や前茶屋からの出前で、銀場も板場もテンテコ舞をする程であつた。

「福島磯……此処だす、此処だす。」と忙しいお文は、銀場から白い手を差し出した。男も女も、襷がけでクル/\と郵便配達の周囲を廻つてゐるけれども、お客の方に夢中で、誰れ一人女主人の為めに、郵便配達の手から厚い封書を取り次ぐものはなかつた。

「標札を出しとくか、何々方としといて貰はんと困るな。」

怖い顔をした郵便配達は、かう言つて、一間も此方から厚い封書を銀場へ投げ込むと、クルリと身体の向を変へて、靴音荒々しく、板場で焼く鰻の匂を嗅ぎながら、暖簾を潜つて去つた。

四十人前といふ前茶屋の大口が焼き上つて、二階の客にも十二組までお愛そ(勘定の事)を済ましたので、お文は漸く膝の下から先刻の厚い封書を取り出して、先づ其の外形からつく/″\見た。手蹟には一目でそれと見覚えがあるが、出した人の名はなかつた。消印の「東京中央」といふ字が不明瞭ながらも、兎も角読むことが出来た。

「何や、阿呆らしい。……」

小さく独り言をいつて、お文は厚い封書を其のまゝ銀場の金庫の抽斗に入れたが、暫くしてまた取り出して見た。さうして封を披くのが怖ろしいやうにも思はれた。

「福島磯……私が名前を変へたのを、何うして知つてるのやろ、不思議やな。叔父さんが知らしたのかな。」

お文はかう思つて、またつく/″\と厚い封書の宛名の字を眺めてゐた。

河岸に沿うた裏家根に点けてある、「さぬきや」の文字の現れた広告電燈の色の変る度に、お文の背中は、赤や、青や、紫や、硝子障子に映るさま/″\の光に彩られた。

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