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TORENDIA

二十三夜

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

縁日の賑わう境内において、深川の芳と名乗る男と気弱な若紳士の間で足を踏んだことを発端とした喧嘩が始まる。野次馬が周囲を取り囲み殺気が高まる中、紳士の傍らにいた女性が芳を止めようと割って入る。芳は激昂し女を突き飛ばし、続いて周囲の群衆からも暴行を受ける。その後、再び現れた女性が芳の身を守ろうと抱きつき、二人は静まり返る。二十三夜の月が昇る中、騒乱の現場には二人の姿が横たわる。

萩原朔太郎

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🎧 二十三夜 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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『エ、おい、べら棒な。恁う見えても急所だぜ。問屋の菎蒻ぢやあるめいし、無價で蹈まれて間に合ふけえ』。

大泥醉の粹背肌、弓手を拳で懷中に蓄へ、右手を延ばして輪を畫くと、手頸をぐいと上げて少し反身のかたち。

向合て立つたのは細目の痩形、鼻下に薄い八字を蓄へて金縁の眼鏡が光る、華奢のステツキに地を突いて、インバネスの袖を氣にしながら對手が惡いと見て、怯氣た體、折折無氣味相に、眼を轉じて前後を竊視する。

蓋し『力は無かりけり』の標本男。

『エ、おい何とか言はねえか、物を言はねえかよ、唐變朴』

『………………』

『蹈んだら、蹈んだと言ひねえな、確かに私が、蹈みましたと詫びりや、すむ事ツた。おい。』

『だから謝罪たと云ツてるぢやないか、先刻から。』

『だから謝罪た、へん其樣な横柄な言草があるけえ、蹈みましたから、御免下さいましと云ふもんだ。何でえ、失敬しただあ。己あ其樣に唐人言葉は知らねえ日本人なら日本の言葉で言へ、恁う最う少し胸の透く樣な文句を利いた者だぜ』

痛罵しえて意氣昂然たり。颯然と二の腕を捲ると、生白い肌が現出れて酒氣を帶びた頬が薄赤い。

此の日偶然○○不動の縁日。

涼を取るべく連立た人。白い浴衣。黒い帶。萌黄の帷子。水色の透綾。境内は雜然としてかんてらの燈火が四邊一面の光景を花やかに、闇の地に浮模樣を染め出した。

香水、麝香、油煙、マニラの臭氣相混じて一種縁日臭を作り、靄々然として、人自らそが上を蹈み、そが中を歩めり。

『喧嘩だ、喧嘩だ、』

背中を突かれて驚く男、袂をくぐられて間誤付く女、跳ね飛ばされて泣くは子供、足下を攫はれて轉ぶが年寄、呆氣に取られた人人の間を縫て、矢の樣に走つて行く一人の男。

『ほれ喧嘩だ』

と、云ふとドツと一時に動搖めいて一崩れ、ばたばたと男の後を追うて、津浪が押し寄せた樣、逸早く合點した連中は、聲を擧げて突貫した。されば菓子屋、植木屋、吹屋、射的場の前には、今一客を止めず。吹屋の姐さんは吃驚した半身を店から出せば、筆屋の老翁は二三歩往來へ進み出て、共に引き行く人浪の趾を見送る事、少時焉たり。

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