十万石の怪談
本文約13,800字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
慶応四年、二本松城主丹羽長国は会津への援兵を巡り家中で議論が紛糾する中、不気味な月夜に怪談に興じる。折しも藩議が援兵と決まり、軍鼓が鳴り響く。その騒乱の影で、密偵の疑いをかけられ誤解により斬り合った二人の藩士が、出陣する軍勢を眺めながら、怪談の祟りを恐れつつ壮絶な運命を迎える姿を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
燐の火だ!
さながらに青白く燃えている燐の火を思わすような月光である。――書院の障子いちめんにその月光が青白くさんさんとふりそそいで、ぞおっと襟首が寒む気立つような夜だった。
そよとの風もない……。
ことりとの音もない。
二本松城十万石が、不気味に冴えたその月の光りの中に、溶け込んで了ったような静けさである。――城主丹羽長国は、置物のようにじっと脇息に両肱をもたせかけて、わざと灯りを消させた奥書院のほの白い闇の中に、もう半刻近くも端座し乍ら、身じろぎもせずに黙然とふりそそいでいるその月光を聴きいったままだった。見入っているのではない。まさしくそれは心に聴き入っていると言った方が適切である。万一の場合を気遣って、御警固旁々座に控えていた者はたった四人。――いずれも御気に入りの近侍の林四門七と、永井大三郎と、石川六四郎と、そうして多々羅半兵衛の四人だった。
声はない……。
言葉もない……。
主従五つの影は、身動きもせず人形のように黙座したままで、いたずらに只さんさんと月光がふりそそいでいるばかりである。――と思われた刹那。
「ハハハハハ……」
突然長国が、引きつったような笑い声をあげた。
「ハハハハ……。ハハハハハ」
だが、四人の近侍達は驚きの色も現わさないで、ビーンビーンと谺し乍ら、洞窟さながらのような城内深くの闇と静寂の中へ不気味なその笑い声の吸われて行くのをじっときき流したままだった。殿の御胸中は分りすぎる程よく分っていたからである。屹度おうるさいに違いないのだ。殿御自身はとうに会津中将へ御味方の御決断も御覚悟もついているのに、重臣共がやれ藩名のやれ朝敵のといって何かと言えば薩長ばらの機嫌ばかりを取結ぽうと、毎日毎夜埒もない藩議を重ねているのが煩わしくなったに違いないのだ。――果然長国が吐き出すように言った。