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TORENDIA

月の詩情

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

古来より詩人たちが月を題材に歌ってきたのは、無限の彼方にある月光が人の心に郷愁や憧憬を呼び起こし、生物の向火性にも似た神秘的な思慕を刺戟するためである。特に暗闇の中で生活した過去の人々にとって、月は唯一の明るい灯火であり、多くの詩歌にその情緒が綴られた。しかし近代以降は科学技術の進歩で地上が明るくなり、詩人たちは月への関心を失った。本稿は、照明の発展が月に対する詩情を奪ったという見地から、月と人間の感性の関わりを論じる。

萩原朔太郎

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🎧 月の詩情 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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昔は多くの詩人たちが、月を題材にして詩を作つた。支那では李白や白楽天やが、特に月の詩人として有名だが、日本では西行や芭蕉を初め、もつと多くの詩人等が月を歌つた。西洋でも、Moonlight の月光を歌つた詩は、東洋に劣らないほど沢山ある。かうした多くの月の詩篇は、すべて皆その情操に、悲しい音楽を聴く時のやうな、無限のノスタルヂアが本質して居り、多くは失恋や孤独の悲哀を、その抒情の背景に揺曳させてゐる。

月とその月光が、何故にかくも昔から、多くの詩人の心を傷心せしめたらうか。思ふにその理由は、月光の青白い光が、メランコリツクな詩的な情緒を、人の心に強く呼び起させることにもよる。だがもつと本質的な原因は、それが広茫極みなき天の穹窿で、無限の遠方にあるといふことである。なぜならすべて遠方にある者は、人の心に一種の憧憬と郷愁を呼び起し、それ自らが抒情詩のセンチメントになるからである。しかもそれは、単に遠方にあるばかりではない。いつも青白い光を放散して、空の灯火の如く煌々と輝やいてゐるのである。そこで自分は、生物の不可思議な本能であるところの、向火性といふことに就いて考へてゐる。

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