宝石の序曲
本文約8,600字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
東京のカフェ『ナイル・カフェ』に勤める波瑠子は、かつて関わりのあったハルピン帰りの男に付け狙われ、過去の秘密やダイヤモンドを巡る不穏な空気に包まれる。目が見えない少女みのりは、波瑠子と深い信頼関係を築き、彼女の身を案じていた。そんなある日、店内で波瑠子が変わり果てた姿で発見される。不可解な死を巡り、周囲の人間関係や隠された過去、そしてカフェ主人の海保が抱える悪意が複雑に絡み合い、物語は予期せぬ方向へと展開していく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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狭い、勾配の急な裏梯子を上り切ったところの細長い板の間は、突き当たりに厚いカーテンがかかっていて、古椅子や古テーブルなどを積み重ね、片側をわずかに人が通れるだけ開けてある。そこは階下に通ずる非常口で、めったに使うことはなかった。
梯子段に近い明かり取り窓の下に、黒天鵞絨の洋服を着た盲目の少女が夕陽の中の鉄棒の影のように立っている。長い睫毛の下に寂しく閉じている目を心持ち上へ上げて、彼女はじっと耳を澄ましていた。
カーテンを隔てた廊下向こうのパーラーから、グラスの触れ合う音や女給たちの陽気な声が聞こえていた。
「ああ、いらしったわ!」
少女の口もとに微笑が浮かんだ。彼女の耳には聞こえない音まで、聞こえていた。
しばらくして遠くの廊下に、軽い足音がした。
緑色のカーテンが揺れて、白い顔が出た。
「あら、みのりさん、あなたはまた来ているのね。お父さまに見つかると叱られるわ。さあお部屋へ行っていらっしゃいね」
「波瑠子さん、あまり叱らないでね。わたし、お父さまに叱られるのは我慢するけれども、あなたに叱られるのは辛いわ。わたしね、あなたがここまで来てくださらないでも、陰であなたの声を聞いたり足音を聞いたりしているだけでも嬉しいのよ」
「まあ、かわいい人ね」
波瑠子は少女の額に接吻した。
「波瑠子さん、またあのいやなハルピンの方が来ていらっしゃるのでしょう? わたし、心配よ。どうかして、あの方をお店へ来させないようにする法はないでしょうか」
「あの人が来ているなんて、どうしてみのりさん分かって?」
「わたしには分かるわよ。あなたの着物に、この間と同じトルコ煙草の移り香がしていますもの。そして、あなたはあの方が来て以来、急に心配事ができたのね。あの方はきっと、悪い人でしょう」
「ええ、わたしにとっては悪い人ですけれども……わたしのほうがもっと悪い人かもしれないわ。……ああ、みのりさん、あなたにお頼みがあるのよ。わたしの大切な大切なものを、だれにも知らせずにそっと預かっていてくださらない?」
みのりは大きく頷いた。
その時、広間のほうでだれかが波瑠子を捜している声がした。