本文へ移動
TORENDIA

雪之丞変化

本文約339,300字 ・ 読了時間 約679分

あらすじ(AIが作成しました)

女形役者の雪之丞は、浅草の駒形を歩く優美な姿で人々の目を惹く。父を破滅させた者たちへの復讐を志す彼は、神社の境内で素性を知る謎の老人と出会い、亡き父の遺言に秘められた因縁を突きつけられる。舞台で成功を収めながらも、憎き仇への思念を抱き続ける雪之丞の運命と芸道の修業を描く。江戸の芝居町を舞台に、復讐の志と役者としての生き方を貫く青年の内面と、彼を見守る人々との関わりを綴る。

三上於菟吉

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 405

女がた

一

晩秋の晴れた一日が、いつか黄昏れて、ほんのりと空を染めていた夕映[#ルビの「ゆうばえ」は底本では「ゆえばえ」]も、だんだんに淡れて行く頃だ。

浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵前の方へといそぐ、女形風俗の美しい青年――鬘下地に、紫の野郎帽子、襟や袖口に、赤いものを覗かせて、強い黒地の裾に、雪持の寒牡丹を、きっぱりと繍わせ、折鶴の紋のついた藤紫の羽織、雪駄をちゃらつかせて、供の男に、手土産らしい酒樽を持たせ、うつむき勝ちに歩むすがたは、手嫋女にもめずらしいたけさを持っている。

静かだとはいっても、暮れ切れぬ駒形通り、相当人の往き来があるが、中でも、妙齢の娘たちは、だしぬけに咲き出したような、この優すがたを見のがそう筈がない。

折しも、通りすがった二人づれ――対の黄八丈を着て、黒繻子に緋鹿の子と麻の葉の帯、稽古帰りか、袱紗包[#ルビの「ふくさづつみ」は底本では「ふくさつづみ」]を胸に抱くようにした娘たちが、朱骨の銀扇で、白い顔をかくすようにして行く、女形を、立ち止って見送ると、

「まあ、何という役者でしょう? 見たことのない人――」

「ほんにねえ、大そう質直でいて、引ッ立つ扮装をしているのね? 誰だろう?」

と考えたが、

「わかったわ!」

「わかって? 誰あれ?」

「あれはね、屹度、今度二丁目の市村座に掛るという、大坂下りの、中村菊之丞の一座の若女形、雪之丞というのに相違ないでしょう――雪之丞という人は、きまって、どこにか、雪に縁のある模様を、つけているといいますから――」

「ほんにねえ、寒牡丹を繍わせてあるわ」

と、伸び上るようにして、

「一たい、いつ初日なの?」

「たしか、あさッて」

「まあ、では、じき、また逢えるわねえ。ほ、ほ、ほ」

「いやだ、あんた、もう贔屓になってしまったの」

二人の娘は、笑って、お互に袂で撲つまねをしながら、去ってしまった。

美しい俳優は、そうした行人の、無遠慮な囁きを、迷惑そうに、いつか、諏訪町も通り抜けて、ふと、右手の鳥居を眺めると、

同じジャンルの朗読つきの本