一足お先に
本文約40,000字 ・ 読了時間 約80分
あらすじ(AIが作成しました)
外科病院に入院する主人公は、肉腫により右足を切断する手術を受ける。しかし深夜、切断したはずの右足が自ら動き出し、病院の廊下へ出ていく夢を見る。その後、病院内では特等室の宿泊客が刺殺される事件が発生する。妹の美代子から事件の詳細を聞かされた主人公は、夢遊病のごとく自らが夜な夜な部屋を抜け出していた記憶を鮮明に思い出し、自身の右足が犯したかもしれない恐ろしい罪の予感と、日常に潜む狂気を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
……聖書に曰く「もし汝の右の眼、なんじを罪に陥さば、抉り出してこれを棄てよ……もし右の手、なんじを罪に陥さばこれを断り棄てよ。蓋、五体の一つを失うは、全身を地獄に投げ入れらるるよりは勝れり」と……。
……けれどもトックの昔に断り棄てられた、私の右足の幽霊が私に取り憑いて、私に強盗、強姦、殺人の世にも恐ろしい罪を犯させている事がわかったとしたら、私は一体どうしたらいいのだろう。
……私は悪魔になってもいいのかしら……。
右の膝小僧の曲り目の処が、不意にキリキリと疼み出したので、私はビックリして跳ね起きた。何かしら鋭い刃物で突き刺されたような痛みであった……
……と思い思い、半分夢心地のまま、そのあたりと思う処を両手で探りまわしてみると……
……私は又ドキンとした。眼がハッキリと醒めてしまった。
……私の右足が無い……
私の右足は股の付根の処からスッポリと消失せている。毛布の上から叩いても……毛布をめくっても見当らない。小さな禿頭のようにブルブル震えている股の切口と、ブクブクした敷蒲団ばかりである。
しかし片っ方の左足はチャンと胴体にくっ付いている。縒れ縒れのタオル寝巻の下に折れ曲って、垢だらけの足首を覗かせている。それだのに右足はいくら探しても無い。タッタ今飛び上るほど疼んだキリ、影も形も無くなっている。
これはどうした事であろう……怪訝しい。不思議だ。
私はねぼけ眼をこすりこすり、そこいらを見まわした。
森閑とした真夜中である。
黒いメリンスの風呂敷に包まった十燭の電燈が、眼の前にブラ下がっている。
窓の外には黒い空が垂直に屹立っている。
その電燈の向うの壁際にはモウ一つ鉄の寝台があって、その上に逞しい大男が向うむきに寝ている。脱けはだかったドテラの襟元から、半出来の龍の刺青をあらわして、まん中の薄くなったイガ栗頭と、鬚だらけの達磨みたいな横顔を見せている。
その枕元の茶器棚には、可愛い桃の小枝を挿した薬瓶が乗っかっている。妙な、トンチンカンな光景……。