生きつつある自意識
本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
ジャックを主人公とする長篇小説「チボー家の人々」を軸に、自我と自意識の確立という課題を論じる。第一次世界大戦の激動期を生きる少年が、周囲の誤解や宗教学校の抑圧、国際的な社会状況と対峙しながら成長する過程を描く。また、戦時下の日本で自己の人間性を否定され続けた若者が、戦後に直面する現実の混乱と、社会的歴史観に基づいた主体的な自意識の必要性を考察する。
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ロジェ・マルタン・デュガールの長篇小説「チボー家の人々」は太平洋戦争がはじまる前に、その第七巻までが訳された。山内義雄氏の翻訳で、どっさりの人に愛読されていたものであったが、ドイツのナチズムとイタリーのファシズムの真似一点ばりだった当時の日本の政府は、敵性の文学であるという理由で、それから益々興味ふかくなる第八巻からあとの出版をさせなかった。
「灰色のノート」からはじまるこの長篇小説の主人公はジャックという少年である。「灰色のノート」では、宗教学校の偽善的な教育にあき足りない激しい性質のジャックの苦悩と、彼に対する周囲の誤解のみにくさが描かれている。「一九一四年夏」は、一昨年「チボー家の人々」第八巻として幾年ぶりかで出版された。翻訳権の問題がきまれば、つづけて終りまで本になるであろう。「一九一四年夏」は、第一次ヨーロッパ大戦のはじまったときである。少年から青年になっているジャックは「灰色のノート」からのち幾多の人間形成の波瀾を経験して、いまジェネヴァに来ている。彼は国際革命家集団に属している。そして、ジェネヴァで、第一次ヨーロッパ大戦のはじまる前後のきわめて切迫した国際情勢にふれる。
やがて、第一次ヨーロッパ大戦にまきこまれたジャックが、どういう風に国際的な資本主義経済の自己撞着と戦争の矛盾を発見し、彼のヒューマニティーに立って社会歴史の発展に対する情熱に献身するか、それは、わたしたちの前にまだ日本訳としてあらわれていない後篇に語られている。
マルタン・デュガールのこの長篇がフランスで出版され全ヨーロッパの人々に深い感銘を与えたのは丁度、第二次ヨーロッパ大戦のはじまるすこし前のころであった。ドイツのナチズムの暴力があらわれ、イタリーのファシズムが芝居がかりの権力遊びからいよいよ非人道的な爪牙を示しはじめたころだった。第一次大戦の惨苦のあとをまだまざまざと感じているヨーロッパの人々、特に青年はジャックの上に、自分たちの物語のいくつかの断片を実感し、不安に空気をゆすぶっている嵐の前兆に対して自分の青春の価値と意義を最も自覚のある方法で堅持しようとしたのであった。