戦争と婦人作家
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
封建的な天皇制教育下で戦争を災難として服従してきた日本の歴史と、戦争反対の精神をもつ文学が抑圧されてきた事実を論じる。戦時下において多くの婦人作家が経済的な生活基盤を守るために侵略戦争へ協力せざるを得なかった悲惨な現実を指摘する。文化的な能力を利用された婦人作家が、勤労する婦人と共通の境遇にあることを自覚し、ファシズムや侵略戦争のの本質を理解すべきであるという視点を綴る。
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これまでの日本はいつも天下りの戦争にならされていました。天皇制の封建的な、絶対的な教育の下で、人民は戦争を「思惑の加った災難」として、無批判に服従してきました。
そして今日の破局に到りました。日本に戦争反対の心がなかったかといえば、小田切秀雄の「反戦文学の研究」をみてもわかるとおり、いつもときの戦争に反対した人道的な精神はありました。天皇制の権力はそういう文学を非国民の文学とし最近の数年は治安維持法でとりしまりました。外国の人々は日本の婦人が、あれほど惨酷な戦争に対して何一つ組織立った抵抗をしなかったことに、おどろいています。日本人はそこまで惨酷なのかという誤解を抱いてさえいます。しかしその人々は日本の封建的社会の中で、愛情の表現も、憎悪の表現も、社会化することを許されなかった日本の悲劇を理解しなければなりません。日露戦争のとき大塚楠緒子が、「お百度まいり」という作品をかき、与謝野晶子が「君死に給うことなかれ」という詩をかいて戦争の惨酷に反対したことは有名です。しかしこの二つの代表的な婦人の手による戦争反対の作品は、日本の文学史に全文をのせることさえはばかられていました。与謝野晶子の詩が発表されたとき大町桂月が非国民だと言って当時の『明星』を大批難しました。