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TORENDIA

異性の友情

本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の近代における異性間の友情について論じる。歴史的背景や社会的な習俗が、男女の健全な友情の成立を阻害し、混迷を招いている実態を考察する。家庭内の過敏な視線や結婚観の相剋、男女の感情の未熟さが、友情を特殊なものにしていると指摘。社会的な活動や共同生活を通じて心理的な強健さと自主性を備えた、新しい両性の関係を築く重要性を提言し、日常的な公共生活の土台から友情を育む必要性を説く。

宮本百合子

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🎧 異性の友情 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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一

異性との間の友情の可能やその美しさなどについてより多くさまざまに思い描くのが常に女性であるということについて、私たちはどう考えたらいいのだろうか。

十五六歳のういういしい情感の上にそのさまざまな姿が描かれるばかりでなく、二十歳をかなり進んだひとたちも三十歳の人妻もあるいは四十歳を越して娘が少女期を脱しかけている年頃の女性たちも、率直な心底をうちわってその心持を披瀝すれば、案外にもその人たちが十七八歳か二十ごろ抱いていた異性の間に友情は成り立たないものかしらというぼんやりした期待、疑問を、そのまま持ち越している人たちがかなりあるのだろうと思う。

そして、そういう現代の女性の比較的表現されていない気持は、後輩や娘たちが当事者として、異性との間に友情と恋愛の感情の区別をはっきり自覚しないでいろいろ混迷しているとおり、やはり事態に対して何となし判断の混乱におかれている場合がすくなくない。

でも、どうしていつも女性の側が、ほとんどその年齢にかかわらず異性との間により広闊な友情を求める心理に在るのだろうか。男の雑誌に、異性との友情について書かれる記事は稀なのに、どうして女性のための雑誌は、時を置いてはこのテーマをくりかえす必然におかれているのだろうか。特に、日本の婦人雑誌では、女の幸福についての論議や異性の間の友情の可能についての文章が多い。この事実には、近代日本というものの深い歴史の影が現れていると思わざるを得ない。

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