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TORENDIA

繻珍のズボン

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代に道学者として生きた祖父の足跡と、その妻である祖母の生涯を綴る。筆者は、自身の思い出や明治文化史の資料を通じ、西洋学術の啓蒙家であった祖父の厳格な姿と、現実的で活発な祖母の対照的な個性を描き出す。また、夫の学問的な生き方に縛られつつも人間らしい情愛や葛藤を抱えた祖母の晩年や、一族に降りかかった波乱の歴史を回想し、近代という時代を生きた個人の肖像を多角的な視点から鮮明に浮かび上がらせる。

宮本百合子

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🎧 繻珍のズボン / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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父かたの祖母も母かたの祖母も八十を越えるまで存命だったので、どちらも私の思い出のなかにくっきりとした声や姿や心持ちを刻みのこしているが、祖父となると両方とも大変早く没している。

父かたの祖父は私が生れた時分、もう半身の自由がきかなくなっていて、床の上に坐ったまま初孫である赤坊の私を抱いて、おなごの子でも可愛いものだなあ、と云ったそうだ。二つ三つの時分、そうやってだかれていて、小さい孫はおしっこがしたくてべそをかき出した。その顔つきでびっくりしたお祖父さんは、耳が遠いものだから孫が泣くにつれて赤く塗ったブリキの太鼓を叩き立てる。孫はいやが上にも泣きしきって、とうとうお祖父さんの膝は洪水になってしまった。それで初めておー、お運、お運とあわてたお祖父さんが祖母を呼びたてたというような話もきいている。

そんな話は、顔をまるで覚えていないこの祖父の写真をも懐しさで眺めさせるのである。

母かたの祖父は、性質もその生涯も父かたの祖父とは全くちがった。御一新、明治という濤は、二人の祖父の運命をもきつく搏ったのであるが、そのうけかたが、東北の官吏生活をしていた父かたの祖父と、佐倉藩で江戸暮しをつづけていた母かたの祖父とでは大変に異っている。特に弘道会という国粋的な道徳団体を創った人として、物心づいてから私たちの生活の中へあらわれて来る祖父の名は、私たちにとってしたしいうちのお祖父さんと云うよりもいつも一人の道学者めいたきつい印象を伴った。大きい墓にも西村泊翁という下に先生之墓とかかれている。そして、その墓のある寺にはなくて別の寺に一つだけとり離して立てられてある。

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