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TORENDIA

私の書に就ての追憶

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

東京の西郊で育った著者が、幼少期から養育母や周囲の影響を受けつつ、書に向き合ってきた経験と変遷を綴る。言葉で表現できない鬱屈した感情を大きな漢字に託し、自身の性質ゆえに習得のたびに新鮮な苦労を重ねながら、形式に囚われず自らの書を追い求める姿を描く。伝統的な書風や教えを汲み取りながらも、固定した書体に安住することなく、書に向かう熱情を持ち続け、一字一字に精魂を傾けて新たな挑戦を重ねる心情を告白する。

岡本かの子

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🎧 私の書に就ての追憶 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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東京の西郊に私の実家が在つた。母屋の東側の庭にある大銀杏の根方を飛石づたひに廻つて行くと私の居室である。四畳半の茶室風の間が二つ連なつて、一つには私の養育母がゐた。彼女はもう五十を越してゐたが、宮仕へをした女だけあつて挙措が折目正しく、また相当なインテリでもあつて、日本古典の書物の外に、漢詩とか、支那の歴史ものを読んでゐた。字も漢字風に固い字を書いた。当時五歳の私に彼女は源氏物語の桐壺の巻を「何れの御時にか、女御更衣数多侍ひ給ひける中に……」と読ませて、私は何の意味も判らないながら、養育母兼家庭教師である彼女の字に真似て実語経の一節や、万葉集の歌を万葉仮名で書き始めた。私は字を書くことに段興味を持つて行つた。

小学校へ上ると、私は習字の先生の字を注目した。その先生の字は、上級生の間では、奇麗で上手だといふ評判だつた。だが、私の目には何の感動も与へず、つまらないものに見えたので、私は却つて不思議に先生の字を気にした。何と批評していいのか、その当時の私は幼くて言ふことを知らなかつたが、今に回顧してみて奇麗でも何だか薄つぺらな字といふ感じであつて、それまで養育母に就て二三年間も固い字ばかり書いてゐた私は、全く感じの違つた字に逢つて戸惑ひしたらしかつた。

私はその先生から「漢字はとても立派ですが、仮名は固すぎます……字をそんなに大きく紙一ぱいに書くものではありません」と何度も注意された。私はいつも大きな字を書いてゐた。

兄弟が無かつたので、正月の書初めは母屋の胴の間の鴨居から、品評会のやうに貼り下げられた。私のものは矢張り大きな漢字であつた。習字の先生が年賀に越されて、私の書初めを眺めながら「かう漢字ばかりでは私のなほしてあげるところはありませんね」と言つて、何だか私を手に負えない者のやうに見て困つた顔をして笑はれた。私は幾分得意のやうでもあつたがそれよりも、何処か人と合はない傾向を自分自身に気付いて、それを淋しいものと思つた。

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