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およそ新兵器の発明にかけては、今日世界に及ぶものなしと称せられる金博士が、とつぜん謎の失踪をとげた。
おどろいたのは、ここ上海市の地下二百メートルにある博士の実験室に日参していた世界各国の兵器スパイたちだった。
実験室は、きちんと取片づけられ、そして五分置きに、どこからともなくオルゴールが楽の音を響かせ、それについで、
“余は当分失踪する。これは遺書である。ドクトル金”
と、姿は見えないが、特徴のある博士の声で、この文句がくりかえし響くのであった。
録音による遺書が、オートマティックに反復放送されているのだった。
あの新兵器発明王金博士のとつぜんの失踪!
博士を監視していた五十七ヶ国のスパイは、いずれも各自の胸部に、未だ貫通せざる死刑銃弾の疼痛を俄かに感じたことであった。
一体、博士はどこへ行ってしまったのであろうか。
人騒がせな博士の失踪は、精神錯乱の結果でもなく、況んや海を越えて和平勧告に行ったものでもなかった。しかし金博士の上陸したところは、スコットランドであって、グラスゴー市の西寄りにある秘港グリーノックであった。
金博士は、上陸に際し、右足の踵に微傷を負ったが、それは折柄丁度、英軍の高射砲が襲来独機を射撃中であって、その高射砲弾の破片が、この碩学泰斗の右足に当り、呪いにみちた傷を負わしめたのであった。が、まあ大したことはなかった。
「上陸第一歩に際し、イギリス官憲のみならず、イギリス高射砲隊からもこの鄭重なる挨拶をうけようとは、余の予期せざりしところである」
と博士は、折から空襲実況中継放送中のBBCのマイクを通じて、訪問の初挨拶をしたのであった。
接伴委員長のカーボン卿は、金博士が、あまりにも空爆下に無神経でありすぎるのに愕き、周章てて持薬のジキタリスの丸薬をおのが口中に放りこむと、金博士を桟橋の上に積んだ偽装火薬樽のかげに引張りこんだ。
「ああカーボン卿、ドイツ空軍のために、こんなに行き亘って爆撃されたのでは、借間が高くなって、さぞかし市民はたいへんであろう」