TRENDIA CLASSIC

今昔ばなし抱合兵団

海野十三

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なにがさて、例の金博士の存在は、現代に於ける最大奇蹟だ。

博士に頼みこむと、どんなむつかしそうに見える科学でも技術でも、解決しないものは一つもない。雲を呼んでくれと博士にいえば、博士はそこに並んでいる壜の栓を片端から抜く。抜けば、壜の中よりは、濛々たる怪しき白い霧、赤い霧、青い霧、そのほかいろいろが、竜巻のような形であらわれ、ゆらゆらと揺れているのを面白がっている間に、いつしか部屋の中は一面の霧の海と化してしまって、そのうちに博士がどこにいるやら、実験台がどこにあるやら、はては自分の蟇口がどこにあるやら、皆目分らなくなってしまうというようなわけで、結局金博士の智慧を験めそうとした奴の蟇口の中身が空虚と相成って、思いもかけぬ深刻な負けに終るのが不動の慣例だった。

「おいおい、ちょっとしずかになったと思ったら、ひどいことを書きおる。わしは瓦斯の研究をやっているから、赤い霧、青い霧の話はいいとして、蟇口がどうとかしたというくだりは、どうも人聞きが悪いじゃないか。わしの人格にかかわる」

いつの間にか、私の背後から金博士が、原稿用紙をのぞきこんでいたのを、私は知らなかった。

そこで私は、ペンを休ませないで、こういったものである。

「金博士、私があれほど教えてくださいと懇願していることに博士が応えてくださらない限り、私は博士の有ること無いことを書きなぐって、パンの料にかえながらいつまでもこの上海に頑張っている決心ですぞ」

そういって私は、前の卓子に噛りつく真似をしてみせた。

すると博士は、人並はずれた大頭を左右にふりながら、

「はてさて困った男だ。まるで蒋介石みたいに攻勢的同情を求めるわい。しかしいつまでもわしの部屋に頑張られても困るが、一体貴公の教わりたいという事項は、何じゃったね」

「あれぇ、金博士はもうそれをお忘れになったんですか。そんなことじゃ困りますね」

と、私は大袈裟に呆れてみせて、ひとのいい博士の、急所に一槍突込んだ。

「ああそれは済まんじゃった。はてそれは何のことだったか、ああそうか、殺人光線のエネルギー半減距離のことだったかね」

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