TRENDIA CLASSIC

戦時旅行鞄

海野十三

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大上海の地下を二百メートル下った地底に、宇宙線をさけて生活している例の変り者の大科学者金博士のことは、かねて読者もお聞き及びであろう。

かの博士が、今日までに発明した超新兵器のかずかずは、文字どおり枚挙に遑あらず、読者の知って居られるものだけでも十や二十はあるであろう。その超新兵器は、発明されて世の中に出る毎に、何かしら恐ろしき騒ぎをひきおこし、気の弱い連中を毎回気絶させている次第であった。

中でも、かの依存梟雄の醤買石委員長は、同じ民族人なる金博士の発明兵器による被害甚大で、そのためにこれまで幾度生命を落しかけたか知れず、醤の金博士を恨むことは、居谷岩子女史[#「居谷岩子女史」はママ]が伊右衛門どのを恨む比などに非ず、可愛さあまって憎さが十の十幾倍という次第であった。

「えいくそ。この上はなんとかして、わが息のあるうちに、かの金博士めの息の根を止めてくれねば……」

というわけで、今や醤買石は、執念の火の玉と化し、喰うか喰われるかの公算五十パアセントの危険をおかしても一矢をむくわで置くべきかと、あわれいじらしきことと相成った。

さて、対金方針は確定した。さらばこの上は、如何なる手段によって、彼でか頭の金博士を抉り殺してしまうべきか。

醤は、幹部を某所に集めて、秘密会議を開くこと連続三十九回、遂に会議の結論のようなものが出て来た。

その結論というのは、次の二つであった。

金博士始末案件

(一)王水険博士を擁立し、金博士を牽制するとともに、必要に応じて、金博士をおびき出すこと。

(二)あらゆる好餌を用意して、某国大使館の始末機関の借用方に成功し、その上にて該機関を用いて金博士を始末すること。

ここに王水険博士というのは、この程、ソヴェトから帰って来た近代に稀なる科学的天才といわれる大学者で、しかも彼は、昔金博士を教えたことがあり、つまり金博士の先生だから、大博士であろうというので、王水険博士の力を借りる計画を樹てたのである。

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