それらの国々でも
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あらすじ(AIが作成しました)
国際的という言葉が日用語となる中、著者は日本の女性が戦争下で世界から遮断されていた状況を振り返る。第一次、第二次世界大戦を経て、資本主義の矛盾から生じる戦争を防ぎ、人類の平和を求める諸国の知識人や労働者の国際的連帯を詳述する。これらを踏まえ、働く人民同士の民主的な国際協力こそが、二度と悲惨事を繰り返さないための道であることを論じる。
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わたしたちの生活の間で、国際的という言葉はこれまでどんな工合に使われて来ているだろうか。
日常の言葉として、国際的という表現をあまりつかわない人たちでも、スポーツの場合はごくすらりと、世界記録というつかみかたで、国際的な水準なり、ある程度その感覚なりを身につけて来ている。
この節では国際結婚という言葉も日用語に近くなった。モードについて書かれている記事の中に、ロマネスクは目下モードにおける国際的傾向であると書かれているとき、むずかしい言葉でかいてあるわ、と批難する娘さんたちはいない。日本の娘のおどろくような順応性で、国際的モードといえば、世界中どこでもという意味を理解して、自分もそれにおくれまいと願う。
国際的という表現は、どんな素朴な心にでも、それは自分の国の内ばかりでなく、よその国々の内においても、という内容で理解されている。キュリー夫人は、その意味で国際的な科学者であったし、日本にも音楽や映画女優で国際的なひろがりをもつひとの出て来ていることは知られている。そして、このごろのように幾年ぶりかで国の内外の往来が恢復しはじめると、ユネスコの問題にしろ国際的だし、アメリカへの留学生の出発も国際的な一つのできごとだし、織姫渡米も国際的な現象の一つとなった。
それにつけても、わたしたち日本の婦人は、これまでどんな国際的な関係のなかにおかれ、どんな国際性を自分たちのものとして生きて来ただろうか。第一の特徴は、わたしたち日本の女性の生活が、十数年間、絶えずつよまる日本のファシズムとその権力が計画した戦争の下におかれて来たということである。