一隅
本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
十一時四十分上野発仙台行の列車に乗り合わせた老女と、見送りに来た女、そしてその子供の様子を描く。見送りの女は別れを惜しみながらもどこか上の空で、乗客の老女もまた道中の不安から何度も停車駅を問いかける。同乗した筆者は、老女の落ち着かない様子や会話のちぐはぐさに奇妙な違和感を抱きつつ、旅路の風景と車内のやり取りを通じて、見知らぬ他者との淡い関わりや、そこに介在する人間模様の機微を観察する随筆的な短編。
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洋傘だけを置いて荷物を見にプラットフォームへ出ていた間に、児供づれの女が前の座席へ来た。反対の側へ移って、包みを網棚にのせ、空気枕を膨らましていると、
「ああ、ああ、いそいじゃった!」
袋と洋傘を一ツの手に掴んだ肥った婆さんが遽しく乗り込んで来た。
「早くかけとしまいよ、ばあや、そら、そこがあいてるわよ、かけちゃいさえすればいいから……よ」
プラットフォームに立って送りに来た二十七の町方の女が頻りに世話を焼いた。
「ああここにしようね――御免なさい」
前の座席には小官吏らしい男が一人いるだけであったが、三等の狭い一ツの席に肥った私、更に肥った婆さんが押し並ぶのには苦笑した。十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、
「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」
窓から覗き込んで指図する。婆さんは、けれども矢張り洋傘を掴んだまま、汚れた手拭で顔を拭いた。
「降りゃしないかね、これで彼方へつくのはどうしたって日暮れだ」
「大丈夫だよ、俥でおいでね、くたぶれちゃうよ。一里半もあるんだってからさ」
「お前傘は?」
「いいよ、平気」
「どうせ家へかえるんだもんね」
「あああ家へかえるんだもの」
婆さんは、偶然の隣人である私の風体を暫く観察していたが、いきなり云った。
「源坊、あぶないよ」
女は、遠い改札口の方をぼんやり眺めたなり鸚鵡返しに、
「あぶないよ本当に」
と、傍に立って車窓を見上げている六ツばかりの男の児の手を引っぱった。白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑った。
「大丈夫だよ」
婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った。
「乗りたいの、やっと辛棒してるんだよ。ね? そうだろう?」
「そうさ、今が今まで一緒に行く気でいたんだもの」
「又この次のとき行くさ。どうせ一晩泊りだもん――あっちじゃ伯母さんが来るだろうかねえ」
「さあ」
「来りゃいいのにね、そうすりゃこの間のことだってあのまんま何てことなくなっちゃっていいんだがね」
「来るだろう」