TRENDIA CLASSIC

獏鸚

海野十三

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一度トーキーの撮影を見たいものだと、例の私立探偵帆村荘六が口癖のように云っていたものだから、その日――というと五月一日だったが――私は早く彼を誘いだしに小石川のアパートへ行った。

彼の仕事の性質から云って、正に白河夜船か或いは春眠暁を覚えずぐらいのところだろうと思っていったが、ドアを叩くが早いか、彼が兎のように飛び出してきたのには尠からず駭いた。

私は直ぐさま、彼をトーキー撮影所へ誘った。二つ返辞で喜ぶかと思いの外、帆村はいやいやと首を振って、

「トーキーどころじゃないんだ。僕はとうとう昨夜徹夜をしてしまったのだよ」

「ほほう、また事件で引張り出されたね」

「そうじゃないんだ。うちで考えごとをしていたんだ。ちょっと上って呉れないか」

と、帆村は私の腕をとって引張りこんだ。

考えごと――徹夜の考えごとというのは何だろう。

「君に訊ねるが、君は『獏鸚』というものを知らんかね」

と、帆村がいきなり突拍子もない質問をした。

「バクオウ?――バクオウて何だい」

と、うっかり私の方が逆に質問してしまった。

彼は苦が笑いをして暫く私の顔を見詰めていたが、やがて乱雑に書籍や書類の散らばっている机の上から、小さい三角形の紙片を摘みあげると、私の前に差出した。

「なんだね、これは?」

と私はその小さい紙片を受取って、仔細に表と裏とを調べた。裏は白かったが、表の方には、次のような切れぎれの文字が認められてあった。

……0042……奇蹟的幸運により……獏鸚……

どうやらこれは、手紙かなにかの一端をひきちぎった断片らしかった。なるほど「獏鸚」という二字が見えるが、何のことだか見当がつかない。

「一体これは何所で手に入れたのかネ」

「そんなことを訊かれては、まるで事件を説明してやるために君を引張りあげたようなものじゃないか」

と帆村は皮肉を云ったが、でも私が入ってきたときよりもずっと朗かさを加えたのだった。彼は今、話し相手が欲しくてたまらないのだ。

「これは或る密書の一部分なんだよ」と帆村は遠いところを見つめるような眼をして云った。

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