TRENDIA CLASSIC
蔦の門
岡本かの子
1 / 10
私の住む家の門には不思議に蔦がある。今の家もさうであるし、越して来る前の芝、白金の家もさうであつた。もつともその前の芝、今里の家と、青山南町の家とには無かつたが、その前にゐた青山隠田の家には矢張り蔦があつた。都会の西、南部、赤坂と芝とを住み歴る数回のうちに三ヶ所もそれがあるとすれば、蔦の門には余程縁のある私である。
目慣れてしまへば何ともなく、門の扉の頂より表と裏に振り分けて、若人の濡れ髪を干すやうに閂の辺まで鬱蒼と覆ひ掛り垂れ下る蔓葉の盛りを見て、たゞ涼しくも茂るよと感ずるのみであるが、たま/\家族と同伴して外に出で立つとき誰かゞ支度が遅く、自分ばかり先立つて玄関の石畳に立ちあぐむときなどは、焦立つ気持ちをこの葉の茂りに刺し込んで、強ひて蔦の門の偶然に就いて考へてみることもある。
結局、表扉を開いて出入りを激しくする職業の家なら、たとへ蔦の根はあつても生え拡がるまいし、自然の做すまゝを寛容する嗜癖の家族でなければかういふ状態を許すまい。蔦の門には偶然に加ふるに多少必然の理由はあるのだらうか――この私の自問に答へは甚だ平凡だつたが、しかし、表門を蔦の成長の棚床に閉ぢ与へて、人間は傍の小さい潜門から世を忍ぶものゝやうに不自由勝ちに出入するわが家のものは、無意識にもせよ、この質素な蔦を真実愛してゐるのだつた。ひよつとすると、移転の必要あるたび、次の家の探し方に門に蔦のある家を私たちは黙契のうちに条件に入れて探してゐたのかも知れない。さう思ふと、蔦なき門の家に住んでゐたときの家の出入りを憶ひ返し、丁度女が額の真廂をむきつけに電燈の光で射向けられるやうな寂しくも気うとい感じがした。そして、従来の経験に依ると、さういふ家には永く住みつかなかつたやうである。
岡本かの子の他の作品
TRENDIA CLASSIC
愛
岡本かの子
愛
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
愛よ愛
岡本かの子
愛よ愛
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
秋雨の追憶
岡本かの子
秋雨の追憶
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
愛
岡本かの子
愛
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
汗
岡本かの子
汗
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
秋の七草に添へ
て
岡本かの子
秋の七草に添へて
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
汗
岡本かの子
汗
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
或る男の恋文書
式
岡本かの子
或る男の恋文書式
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
秋の夜がたり
岡本かの子
秋の夜がたり
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
或る秋の紫式部
岡本かの子
或る秋の紫式部
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
異国食餌抄
岡本かの子
異国食餌抄
岡本かの子
TRENDIA CLASSIC
ある男の死
岡本かの子
ある男の死
岡本かの子