本文へ移動
TORENDIA

秋雨の追憶

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

十月初めの山での松茸狩り、九月下旬の竹の簾を取り外す夕暮れ、急な雨宿りで遭遇した印度人の男、路上に落ちる繭、震災の年の秋の街の光景など、秋雨の季節に触れられた情緒的な記憶の断片を綴る。

岡本かの子

速度
🎧 秋雨の追憶 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

○

十月初めの小雨の日茸狩りに行つた。山に這入ると松茸の香がしめつた山氣に混つて鼻に泌みる。秋雨の山の靜けさ、松の葉から落ちる雨滴が雜木の葉を打つ幽かな音は、却つて山の靜寂を増す。水氣を一ぱいに含んだ青苔を草履で踏む毎に、くすぐつたい感觸が足の甲をつゝむ。咲きおくれた桔梗の紫が殊更鮮かだ。濕つた羊齒をかき分けると可愛らしい松茸が雀の子のやうにうづくまつてゐた。

○

夏の初から――六月の半頃から三月以上もかけ續けてやうやく古びた竹の簾。今日は今日はと思ひながらはづしそびれてゐた。

初秋の薄ら冷たさも身に泌みなれた九月下旬の或日の夕方、いよ/\それを取はづさうとして手をかけた。

裏庭に面した西向の窓である。窓は高いので私は背のびをした。水色絹の簾の縁がしつとりと濡れて居り、簾の生地の竹の手觸りの冷え/″\しさに、目をとめて見れば、いつの程よりか外には時雨のやうに冷い細雨がしとしとと降つて居たのである。

○

今迄かつと照り渡つてゐた初秋の空に僅か飛行船程の暗雲が浮んだ。と見る間に箒ではきかけるやうなあわただしい雨、私があわてゝ逃げ込んだのは、山の手のとある崖際の家の歌舞伎門であつた。ほつとしてその柱にとりすがると心がしんとする程門の柱は落ちついて居た。前の道を通る人もないので、私は安心してその柱によりかゝつた。駈けこんだ時のはづんだ息が靜まると、門のさゝやかな板葺屋根に尚ぱら/\とあたる雨の音が聞える。――立騷いだ後の和やかに沈んだ官能(耳)が一層澄んでそのさわやかな雨滴の音が頭の底まで泌みるやうな冷快な感じがして來た。それを享樂しつゝ、しばらくつぶつてゐた眼を開くと、門内の前庭に焔を洗つたやうなカンナの花瓣が思ふさまその幅廣の舌を吐いてゐた。餘り突然目の前に現れたので、そのカンナの群は私の方へ生きて歩いて來るかと思つた。あまつさへ、粒太の雨滴をさんらんと冠つてその生彩が私の息をひかしめた。

岡本かの子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本